愛を誓う 「け、結婚式…!?」 寝耳に水なその単語に、私は驚いて皿を落としかけた。慌てて棚に皿を収める私に、弁慶さんは緩やかに笑う。夕食後、恒例となったまったりとした時間でのことだ。 「望美さんや、将臣君に聞いたんですよ。君の世界では、親しい人を招いて大々的に愛を誓うらしいですね」 「まあ…そういう人は多いですけれども」 いわゆる、結婚披露宴である。私は他人のそれにまともに参加したことはないので、イメージしかわからない。でも、純白のドレスにウェディングケーキ、バージンロード、ブーケトス…それが女の子の憧れだという認識はあった。が、あくまで一般論だ。私自身、そんなに式を挙げることにそんなにこだわりはない。 「僕たちもしましょうか」 「えっ?!!私は、その、この世界の儀式はしましたし、満足ですよ?」 「いえ、僕がしたいんです。話を聞いたら尚更ね。とはいえ、できたとしても内々の宴程度ですが…きちんと、あかりを紹介する場が欲しい」 「弁慶さん…」 やけに真剣に言われ、否定する理由も特になく。あれよあれよという間に、お膳立ては整ってしまった。そして押し切られるようにして、式を挙げることが決まったのだ。 先程も述べたことだが、結婚式と言われてまず想像するのは、花嫁衣装だろう。私の居た世界では、和装なら白無垢、洋装ならウェディングドレスと相場は決まっている。花嫁は煌びやかな装束を、誰よりも綺麗に着飾る。 しかしこの時代は、そんなことはしない。公家の婚姻でも家族内での内々の宴くらいであるし、衣装も豪華絢爛なものというよりは、儀式のための清らかな晴れ着である。 (だから、まさか白無垢が着れるなんて) 私は、自分の身に纏う重々しい晴れやかな衣装に、何度目かの感嘆の溜め息を漏らした。 内々の式だから、と気を抜いていた。当日までほとんど何もせず、私は促されるままに梶原邸――そう、会場は梶原邸なのだ――へ向かったのだ。 そうしたら、なんということだろう。女の子たちに手を引かれてやってきた控室で身ぐるみを剥がされた。手際良く化粧も施され、身体を清められ、衣を重ねられる。 数十分後、そこに居たのはそれはもう、見事な白無垢の花嫁だったのだ。 「お料理は譲くんと朔が。衣装は、白龍に頼んだの。あかり、すごく似合ってる」 唖然として鏡を見つめる私に、望美ちゃんは微笑む。どうやらこの式は、彼女が率先して企画してくれたらしい。 望美ちゃんの優しい笑みに、感謝と熱い想いが溢れそうになった。 「望美ちゃん…私、なんて言ったらいいか…」 「あかり、これは私の自己満足だからいいんだよ」 彼女は、私を見つめる。その瞳に嘘はなく、そしてどこか安堵の色が混ざっていた。 「私はずっと、幸せそうに寄り添うあかりと弁慶さんが見たかったんだ。だからね、こうして式を挙げてくれて嬉しいの。たくさん、お祝いさせて」 私は、何度も頷いた。彼女には全く頭が上がらない。私たちのために、運命を旅してくれたのだ。今私がこうしていられるのは、彼女の存在あってこそのものである。 準備を終えた私は、望美ちゃんに手を引かれ、控室から大広間へと移動する。戸を開け部屋に入る時、集まった皆がこちらを向くのがわかった。 注目されることに、慣れていない。緊張で周りを見渡す余裕なんてなかった。私は俯いたまま弁慶さんの座る場所へと足を進め、隣におさまった。 (変じゃ、ないかな。上手く笑えない) 緊張で、胸が張り裂けそうだ。祝われるのは嬉しい。せっかく集まってもらったのだ、目一杯幸せな姿を見せたい。けれども、どうしても表情が引きつる。 (本当に、私でいいのかな) 不意に自信がなくなって、横目で弁慶さんを覗う。――目が合った。 「あかり」 絡み合った視線が、外せない。羞恥以上に、目を奪われた。晴れ着を纏う彼の姿は想像よりもずっとずっと素敵で。…ときめいて、しまった。 弁慶さんも私をじっと見つめている。私が何も言えずにいると、彼はふっと微笑んで、囁いた。 「…本当に、綺麗です。こんなに綺麗な女性が僕のお嫁さんだなんて」 その甘い視線に、囁きに、緊張がどこかへ消えていく。それどころではなくなってしまったのだ。伸ばされた指が私の頬に触れる。その熱の高さに、震えた。 「あ、あの、弁慶さんっ…」 何をされるのか気付いて、身を竦める。しかし彼は躊躇うことなく、顔を近づけ、優しく唇を重ねた。 「君が悪い。僕を、煽るから」 「え…?」 「こんなに綺麗に着飾って、無防備に見つめられたらたまらない。ただでさえ可愛い妻なのに、どこまで僕を虜にするつもりなんだか」 真っ直ぐに私を見つめる視線に、身体中が火照る。真剣なまなざしに、鼓動が早くなる。 そのまま言葉なく見つめ合う私たちに、笑い混じりの声で望美ちゃんが問いかけた。 「お二人とも、この先どんな運命が訪れても共に在ることを、誓いますか?」 「誓いましょう。君と僕の未来を。――変わることのない、愛を」 そして再び唇に落とされた彼の熱い愛を、私は一生忘れることはないだろう。 150422 「ED後の結婚式」でした。リクありがとうございました! |