惚気る


他愛もない話の流れからだった。


「でね、九郎さんったら本当に優しくて。いつもはそんな素振りないのに、ちゃんと女の子として見てくれてるんだなぁって。どきどきしちゃったよ」


望美ちゃんと朔ちゃんと、三人顔を合わせて座る。珍しく男性陣は皆出払っていて、女子三人でのお茶の時間だった。
――こんな好条件が重なることはなかなかないと、口を開いたのは誰が最初だったか。自然と始まったガールズトーク…いわゆる恋話、もとい彼自慢である。


「あら、それなら黒龍の方がすごかったわ。私の事を私以上にわかってくれていたもの。なんでもお見通しなのよ」


始めは、極めて普通な惚気話だったのだ。望美ちゃんは九郎さんの、朔ちゃんは黒龍の、…そして私は弁慶さんの。
けれど会話は次第にヒートアップしていった。いつしか、彼がどれだけ素晴らしいのかを競う会になっていたのだった。


「それは、朔ちゃんが神子だったからじゃ…」

「うーん、でも、羨ましいかも。朔と黒龍じゃないとなれない関係だもんね。でも譲れないなぁ。九郎さんの妙にわかりづらい好意がたまらないよ」

「そう、そこまで言うなら受けて立つわ、望美。黒龍の素敵なところはまだ万とあるのよ」


互いに微笑みながらも、何故か火花を散らし合う二人。息を飲んで展開を見守っていた私は、こっそり、小さく呟いた。


「――私の、弁慶さんだって負けないくらい優しいけどね」


誰に主張したわけでもない、自分に言い聞かせるような言葉だった。自分の中でそっとしまっておく為の。誰にも聞き咎められなければといいと思いながら。…だというのに。


「え、聞きたい」

「詳しい話を聞きたいわ、あかり」

「えっ」


なんてことだろう。さっきまで言い合っていた二人は揃って私に向き直る。爛々と輝く二対の瞳に圧倒され、突然浴びた注目に戸惑った。
しかし望美ちゃんも朔ちゃんも、容赦はしてくれないらしい。口を揃えて先を促す。


「だってあかり、あまり弁慶さんの話しないから。婚約したも同然なのに、全然様子わからないし」

「そうよ。貴女が本当に幸せなのか気にしているのよ、私たち」


ずいずいっとせめよられ、逃げ場を失う。自分でも、視線がうろうろさ迷うのが分かった。


「…弁慶さんは気が利くから、私がヘマした時のフォローとかすごくて、一緒にいる安心感あって…」

「弁慶さん気が利くもんね。でも、それは仕事の時のことでしょ?恋人としての弁慶さんの話が聞きたいな」

「そうよ。他にもあるでしょう」

「ええっ…」


柔らかにではあるが、明らかな駄目出しである。それならば、と更に思考を巡らせた。


「女性の扱いに慣れてるというか。スマートにエスコートしてくれるから、デートとか完璧だし」

「でもそれは、あかりへの態度じゃないでしょう。他の女性にも彼はそうだわ」


これも駄目らしい。だが確かに、突っ込みは正論だ。どれも弁慶さんの良いところではあるが、特に私にだけというものではない。

(でも、私への特別な態度って…)

思い当たる節はあるが、ぶっちゃけ恋人へのそれではない。私か、余程格下に向けるぞんざいなそれだから。
ふと、望美ちゃんが声のトーンを落とした。


「…あかり、本当に弁慶さんでいいの?自分が彼の特別だって、思える?」

「!」


思わず、望美ちゃんをはっと見つめた。望美ちゃんだけではない。朔ちゃんまでもが真剣な顔つきだった。

(ああ…悪いことをしたな)

二人は、私と弁慶さんの関係を本気で気にしてくれているのだ。私は彼の惚気話をあまりしないから。彼も、依然として私へ強く当たる癖は抜けない。
だから私が流されているのではないかと。本当は、上手くいっていないのではないかと。周囲に在らぬ疑いをかける。

――でも、誤解なのだ。誤解は、解かなければならない。


「そんなことない、よ」


彼を愛おしい気持ちは、今も日に日に増すばかりで。言葉にはしないけど、それには理由もあるわけで。


「弁慶さんの私に対しての態度、厳しく見えるかもしれないけど。表情は、いつもとても優しくてとびきり甘いんだよ。弁慶さんは素直じゃないから、表面だけ見ててもわからない人なの」


私しか知らない弁慶さんを、ちょっとだけ打ち明ける。大切な宝箱の中身を晒すような、少し惜しい気分になりながら。


「私に触れる手はいつだって優しくて丁寧で、見下ろす目はしっかりと私を見て、気持ちを理解しようとしてくれる」


口や態度では厳しいことを言いながらも、弁慶さんからの愛は、彼の一挙一動から伝わってくるのだ。それこそ、抱えきれなくて溺れそうになる程に。


「キス…も、情熱的」


こんな打ち明け話は照れてしまう。照れないわけがない。でも、一度話し出すとあれもこれもと止まらなかった。


「しっかりしている人だから、弱みの吐き出し方がわからないみたい。私は弁慶さんの全部が好きだから、全部受け止めて、彼の安心できる場所になりたいの。――弁慶さんの全てが、愛おしくて仕方ないんだ」


望美ちゃんと朔ちゃんは、顔を見合わせる。そして、ほっとしたように笑んだ。
…その笑顔のまま、私の背後へと言葉を投げかけた。


「だ、そうですよ」


背後、部屋の入り口あたりに今更ながら人気を感じた。嫌な予感しかしない。それでも恐る恐る振り返る。――そこには案の定、立ち尽くす恋人の姿。



「べ、弁慶さん?!今の、全部聞いて…?!!」

「…用事が終わって帰ってきたところ、取り組み中のようでしたので」


弁慶さんの表情は見えない。いや、とても見られるわけがなかった。

(わ、私、今何を言ってた…?!!)

いつもはしないようなとんでもない惚気を、していたのだ。望美ちゃんたちに言うのもとんでもないのに、それを本人に聞かれるだなんて。
恥ずかしくて熱が上がるのを通り越して、全身の血の気がさっと引いて行く。


「ぜ、全部本当のことですから!本心ですから!そこだけは疑わないでくださいね!!!」

「は…?!」

「だ…だから、私が弁慶さんに思っていること!あの、だから、その」


弁解しなければと、兎に角慌てていたのだ。混乱した私は、自分が何を言っているのかよくわからなくなっていた。


「私は弁慶さんが大好きで―――!」

「分かりましたから!ちょっとあかり、落ちつきなさい!」


強い口調で弁慶さんに遮られ、はっとする。


「そんな強く言わなくても…君の気持ちは伝わっていますから」


片手で、顔を覆う弁慶さん。その頬は熟れた林檎のような色に染まっている。そこで漸く、自分の仕出かしたことに気付いて、羞恥に身体中が沸騰しそうな思いになった。


「弁慶さん、今日はあかりに一本取られましたね」

「これは仕方ないわね。弁慶殿、負けを認めた方がいいわ」


のんびりとした二人の声に、私たちは揃って赤い顔で見つめ合う。


「弁慶さん…なんか、可愛いです」


弁慶さんの照れた表情が珍しくてそう言ったら、彼は参ったというように、肩を落としたのだった。



150308
「女の子たちと彼氏自慢、実は聞いてて参る弁慶さん」でした。リクエストありがとうございました!




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