五、願う 鬼若さんも若かったけれど、牛若丸さんはもっと若かった。今でも綺麗な顔立ちをしているが、若かりし九郎さんは、美少年といって差し支えのない容姿だった。 (勿論、弁慶さんも負けてはいないけれど) でも、鬼若さんの場合は荒法師さ加減が新鮮なのだ。 そんなことを考えていると、視線を感じる。顔を上げれば鬼若さんが私をじっと見ていた。あまりに真剣な表情に私が首を傾げると、彼は躊躇いがちに口を開く。 「君は行くあてがないと言いましたね。ならば、ずっとここに居ればいい」 「…え?」 「単刀直入に言います。君が欲しい。僕に隣にいなさい」 強い口調。彼がこんな冗談を言う人ではないと、私が一番良く知っている。 「夫への不義を心配しているのなら、構わない。僕は君を無理やり手篭めにしたりはしない。ただ――君を、手放したくない」 「鬼若さ、」 「君の名を、教えなさい」 腕を掴まれる。顔が近づく。 ――その時、視界の端に光を放つものが見えた。 逆鱗だ。無くさないように括りつけていた逆鱗が、光っていた。 (帰れる―――!) 確信する。私は、ぐっと逆鱗を握り込んだ。 「鬼若さん」 彼を見つめる。 「この先、貴方は沢山悩んで沢山苦しむかもしれない。自分を責めるかもしれない。…でも、きっと貴方なら大丈夫だから。絶望しないで、前へ進んで。きっと、生きて」 頬に手を伸ばす。この優しい顔が苦痛にゆがむのを、見たくはない。でもそう言う人だから、きっとどうしようもない。 ならば私は、せめて彼の幸せを祈ろうと思う。 呆気に取られたような頬を撫でて、最後に、私は彼の額に唇を落とした。 「ずっと先で、お待ちしています――弁慶さん」 |