四、彼女


妙な女を拾ってしまったと、最初は心底面倒に思った。

(だがこの女、ただ者ではない)

五条から八坂方面へ、走る。その後ろをぴったりとついてくる彼女に感心していた。

その思考の広さ、物事への視野の広さは少し言葉を交わしただけでわかった。何よりも、自分が考えていたことを寸分違わず――否、それよりも更に上を言い当てたのだ。まだ自身の中で固まりきっていない意志を、完成形で目の前に差し出されたのである。

彼女が軍師補佐というのは本当なのだろう。走っている今も、程良い距離感が心地良い。側に居ても邪魔にならない…それどころか、どこか安心するのだ。


「――居た」


前方に立ちふさがる一団。太刀を構えた男たち。その中心にいる、一際若い男。


「来たな鬼若!」


彼は歓声に近い声を上げ、それを合図に一斉に武器を振り上げ仕掛けてくる。


「待たせてしまったようですね。最も、こんなところに駆り出された我々としては不快の限りですが」

「それはこちらも同じだ。お前たち、六条方面にも手を出し始めただろう?それを看過できるほど、俺はお人好しではないからなッ」


迎え撃つこちらも、負けてはいない。繰り出された太刀を薙刀で受け止め、振り払う。――ちらりと、背後を確認する。彼女は、どこかへ退避したようだ。
ならばやりやすいと、互いに神経を張り詰めていく。向い合うは、女のように綺麗な顔立ちの若者である。だがその気性は、穏やかとはいえない。幾度か対峙し、一筋縄ではいかないと確信した唯一の相手でもあった。

…ふと、脳裏をよぎる、先程の女の言葉。


「牛若丸。君は一体何の為に戦っている」

「は、どうした鬼若!突然そのようなことを!」


牛若丸は依然としてこちらの隙を窺いながらも、力強く言い放った。


「決まっているだろう!誰もが幸せな、よりよい世を作るためだ!」


その言葉が、すっと胸に落ちてくる。まさか彼からそのような返答が来るとは思っていなくて。

(なるほど…確かに面白いかもしれない。この男と肩を並べるのは)

湧いて出た新たな感情に、自然と唇が弧を描いていた。






「お帰りなさい、鬼若さん」


抗争は今回も決着はつかずに終わった。牛若丸一行が去った後、どこかへ身を隠していたらしい彼女が隣へ戻ってきた。彼女の動作があまりにも自然なので、ずっと前からこうして隣に立っていたように錯覚する。


「君は、不思議な人ですね」


隣の彼女を見下ろしながら、僕はその存在の不自然さを指摘する。


「初めて会ったのに、まるで僕の事をずっと知っていたかのようだ。君には全てを見通されている気がする。もしかして、伝説の神子姫か何かなのですか」

「そんな凄い存在じゃないですよ。私は、大切なひとりを守るだけで精一杯ですから」


彼女はくすぐったさそうに、笑う。それから優しく僕の手を握った。


「鬼若さんは、私の大切な人に似ているから。だから――幸せになって欲しいんです」


彼女の表情は柔らかで、幸福が滲んでいて。その表情をさせている大切な人が、彼女の伴侶なのだろうことは想像に難くなく。…何故か、心がじくりと疼く。

(攫ってしまいたい、だなんて)

彼女が既に人のものであることに、嫉妬する。不可思議なこの女のどこに惹かれているのか、わからない。
でも、どうしてか。
自分にはこの女しかいないような気がして。突如湧きあがった仄暗い感情を、持て余した。






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