三、鬼若さん


鬼若さんたちのアジト(この表現が正しいのかはわからない)は、五条大橋近くであるらしい。比叡山近くの山中や、京のいたるところにも秘密の場所が点在しているのだとか。

私はなんとか、鬼若さんとのしばらくの同行を許された。彼からしたら怪しい女を見張れるし、私からしたら無事に居場所を確保できたのだ。
逆鱗で帰れない以上、きっと彼の側が一番都合がいいと思う。なんていっても、私がこの世界に居る理由の半分以上が彼に起因するものなのだから。

(それにしても)

鬼若さんは、見飽きない。この世界にはカメラがないから、若い時の彼なんて見ることはできないものだと思っていたのに。こんな形で願いが叶うなんて、思ってもみなかったけれど。


「さっきから、なんなんです?人の顔をじっと見て」

「あ、いや。特に意味はないんですけど」

「ふふ、僕に惚れました?」


…なんというか、まだ若いなぁという鬼若さんの言動には一々笑ってしまう。
私と鬼若さんの年齢はあまり変わりないけれど、これでも弁慶さんと死線を乗り越えてきたのだ。それに普段弁慶さんを間近で見ている分、余計に面白い。


「私の旦那さんの方が、もうずっと、素敵ですから。その心配はないですよ」


私が笑って答えると、つまらなそうに彼は息を吐いた。なんだか可愛い。


「それで。貴女は僕にどんなご教授をして下さるおつもりで?」

「そうですね――まず、何で貴方がこんな徒党を組んで戦の真似ごとなんてしているのか、私はちょっと疑問です。そんなことをしても、世の中は何も変わらない」

「どうしてそう、思うんです」

「だって、世の中を良くしたいのなら、第一に考えるのは民の幸せです。中央への文句がいくらあっても、それを騒ぎ立てて結果民が傷つくのなら、貴方たちがやっていることは中央となにも変わりないんです。鬼若さんなら、わかるでしょう」

「……」


まぁ、全て弁慶さんの受け売りであるが。若い頃はそうい広い視野が見えにくいのだと、前にちらりと言っていたような気がする。そして私の発言は、鬼若さんへの効果が絶大なようだった。彼の私に対する、小馬鹿にしたような態度が消えた。


「貴方がやっていることが全て無駄とはいいません。京を荒らす若者たちを統率することも大事ですから」


彼の表情を窺い、そっと切りだした。


「ねえ、本当に牛若丸さんは倒すべき相手なんですか?」

「どういう意味ですか」

「一度向こうの言い分も、よく聞いてみるべきだと思うんです。案外、思っていることは同じかもしれないですよ」

「僕にはそうは思えない」

「決めつけちゃだめですよ」


不服そうな鬼若さんの額を、つつく。


「だって鬼若さん、なんだかんだ牛若丸さんに会うのを楽しみにしているでしょう」

「―――…」


不満そうな顔をしながらも、言われるがままされるがままの鬼若さんに、やっぱり可愛いと思った。弁慶さん相手に優位に立てることなんて、滅多にない。というか全くない。ちょっとした優越感である。
鬼若さんは口を閉ざし、考えるように額に手を当てる。その癖は昔から変わらないようだった。


「君は…」


何か言いかけたその時、外回りに行っていた彼の仲間が戻ってきた。


「鬼若!牛若丸のやつらが現われた!今、八坂のあたりにいる!」

「わかりました。すぐ向かいます」


途端にばたばたと騒がしくなる。装備を整えながら、鬼若さんは私を見下ろした。


「君も、ついてくるつもりですか?」

「はい、もちろん」

「…僕から離れないように。怪我を負ってもしりませんよ」


なんだかんだ、彼は優しいのだ。


150211



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