二、提案する


弁慶さん――もとい、鬼若さんを前に私はつい現状をそっちのけで、まじまじと彼を眺めてしまった。
年の頃は恐らく、私とあまり変わらないだろう。顔立ちは私の知っている弁慶さんと殆ど同じだ。なのに、多少若いというだけで雰囲気がまるで違う。

(どことなく…ヒノエくんっぽいかも)

血筋は争えないというものかもしれない。昔五条大橋で、やんちゃしていた時代があるのだと以前九郎さんに聞いたことがある。きっと、ここはその頃なのだ。私の世界でもよく知られている、五条大橋の弁慶だ。

あまりに見つめすぎていて、鬼若さんの眉間の皺はどんどん深くなる。お互いに無言のまま彼も仕返しのように私を観察し…溜め息交じりに呟いた。


「君、女の子だったんですね」

「紛らわしくてすみません」

「全くです。女性を襲うわけにもいきませんし…けれど、こんな時間に一人で出歩き、しかも僕を知っているとは、貴女を簡単に見逃せそうにもない」


彼は口元に手を当て、微笑を浮かべた。ただ弁慶さんのように優しげな雰囲気はなく、鋭い眼光や表情に底意地の悪さが滲んでいる。

(弁慶さんも若い時は取り繕ってなかったんだなぁ)

私は落ちつき払った大人な彼しか知らない。今でこそ彼が辛辣に当たるのは私くらいだが、以前は全体的に尖っていたようだ。
…ただ、若い時の彼はワイルドな色気が全開だ。惚れた弱みというやつか、雰囲気の違う彼にときめきそうである。

お互いに見つめあったまま、事態は進展しない。そこへ、橋の向こうから数人の男たちが駆けてきた。


「鬼若っ、あいつらまた人手を集めてると情報が入ったぞ!」

「…あの鞍馬天狗の若造ですか」

「なんでも、次はこの五条に直接攻め入るつもりだとか」


男たちは、皆鬼若さんと同じ年頃のようだった。僧兵崩れや浪人風、様々いる。鬼若さんは彼らの司令塔であるらしい。この頃から軍師としての才覚を発揮しているようだった。


「いいでしょう。受けて立ちます。この僕に喧嘩を売って、どうなるか。牛若丸とやらに思い知らせてあげましょう」


――牛若丸?
飛び込んできたその名に、おや、と思った。それは九郎さんの幼名だ。なんだか事態が明らかになりつつある。私の、今の身の振り方も。

(…うん、それしかないよね)

私は鬼若さんの袖を強く引いた。


「鬼若さん。こんなところで郎党の真似事なんて、随分自分に自身があるようですね。まるで、自分の知識でこの世界をどうとでもできると、過信しているみたい」


彼を見上げて、言い放つ。そういえば、弁慶さんに比べてまだ少し背丈が足りない気がした。


「力ずくで牛若丸さんを追い返して、それで何か世の為になることをしているとでも、思っているんですか?」

「…何が言いたいんです。まるで君は僕より物事を良く分かっていると、言っているように聞こえますが」


振り返った鬼若さんは、私の言葉に表情を消した。瞳孔が開ききっている。正直怖い。…だけど、私にとっては弁慶さんが怒っている時の方が余程怖いのだ。この程度、なんでもないのである。


「ええ、私は力のない女でしかない。でも少なくとも、今の貴方よりは世界をよくわかってます」

「君は、面白いお嬢さんですね。それで、僕に喧嘩を売るような真似をして、一体何がしたいんです?」

「少しの間だけでいい。べん――鬼若さんの側に置いて欲しいんです」


私の提案に、鬼若さんは一瞬驚いたように目を丸くした。しかしすぐに何を勘違いしたのか、薄ら笑いを浮かべる。


「そういうことか。残念ながら、僕は今貴女の期待に応える余裕はないですよ」

「変な勘違いしないでください。私は人妻です、夫以外に懸想しませんから。ただ、少し身の置き場に困ってるんです。今の貴方も、なんだか見てられないし」


私は真っ直ぐ、鬼若さんを見つめた。そして笑顔を浮かべながら、提案したのだ。


「私、とある組織で軍師補佐をしていたんです。結構、役に立つと思いますよ?」


…それにしても彼、自分がモテる自覚があるらしい。分かってはいた事だが、少々複雑だ。


150208



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