一、邂逅する


きっかけは、ほんの些細な好奇心だったのだ。


弁慶さんと想いが通じて、数日。
最後の最後の戦いを乗り越え、清盛殿も政子さんもいなくなった。それでもすぐに平和な世界が待っていたとはいえない。戦禍は生々しく、多くの民が傷ついたままだった。
弁慶さんは優しい人だから、それを看過できる筈がなくて。京を少しでも良くしたい――彼の願いを私も、隣で支えたいと決めたのである。だから、望美ちゃんや譲くんとの別れが差し迫っていた。

白龍の神子である望美ちゃんは役割を終え、向こうの世界に帰るのだ。そして、その時に例の「逆鱗」も返すのだと聞いていた。


「でもびっくりだよ。まさかこれで時空を越えられるなんて。確かに綺麗なペンダントだなとは思ってたんだけど」

「そうでしょ?白龍の力が詰まってるからね」


…完全に、私の不注意だった。私も望美ちゃんも、油断していた。まさかそんなことが起こるだなんて、予想もしていなかったのである。
結果を言ってしまえば。話の弾みで逆鱗に触れた私はその衝撃で――ひとり、時空を越えてしまったのだった。






「…どうしよう」


あまりに突然の出来事で、焦りや不安よりも先にその一言が脳内を占めていた。手のひらには望美ちゃんの逆鱗がある。これで私は時空を越えてしまったのだ。もちろん、すぐにそれを使って戻ろうとしたのだ。でも逆鱗はうんともすんとも言わず、沈黙したままだった。

(もしかして、私には使えない…?)

一瞬、そんな恐ろしい考えが過ぎる。それを無理やり追い払い、私は前向きに今の状況を確かめることにした。不安がっていても良いことはないだろう。

辺りを見渡す。どうやら京にいるのは確かなようだ。見覚えのある風景に少しほっておした。
でも間が悪いことに、日は暮れかけている。京の夜はとても暗い。当たり前だが、街灯なんてないのだ。すっかり暗くなる前にどこか身を置ける場所を見つけなければ。そう思って角を曲がると、突然、現在地がはっきりした。


「ここ…五条大橋?」


現われた大きな橋は、私の住む家のすぐ側にあるものと同じだった。ただ、何か雰囲気が違う。その理由はすぐわかった。人通りがまるでないのだ。
私は引き寄せられるように橋へ足をかける。中ほどまで進んだところで、どこからともなく声がかけられた。


「――町中でかなり噂になっているようでしたから、まさかこんな夜更けにひとりやってくる者がいるとは思いませんでしたね」


はっとして、周囲を見渡す。少し先の、橋の入り口からは死角となる欄干の下に一人の影が腰を落としていた。


「腰に差しているのは、短刀ですか」


その声色に、私は身体が硬直する。柔らかな響きの中低音。とてもとても…聞き覚えがあるもので。だけれど口調は、私の知っているものとは少し違う。丁寧ながらも柔らかなものではなく、どこか挑戦的で刺々しく思えた。
男は私の動揺をよそに、立ちあがり私の前に立ちふさがった。


「噂、聞いていませんか?五条大橋には太刀集めの鬼が巣くっていると。ここを通りたくばその短刀、置いていってもらいましょうか」


白い頭巾、その出で立ちは僧兵そのもの。ただ柔らかそうな色の髪、威圧するように構える薙刀、なによりもその顔立ちは私の大切な人と瓜二つで。
もしかして弁慶さん――と、言いかけて別の名を呼んだ。


「鬼若、さん?」

「…君、どうして僕の名を?」


怪訝そうに眉を顰めた彼の姿に、確信する。
ここは恐らく、十年ばかりまえの京。そして彼は弁慶さんの若い頃――あの有名な、五条大橋で太刀狩りをしていた彼、幼名、鬼若さんなのだ。



150208




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