最大級の幸福を貴方に


心底驚いたという表情を浮かべた彼に、私は朔ちゃんと顔を見合わせて思わず笑った。


「一体いつの間に…」

「一ケ月くらい前から、ちょっとずつ用意してたんです」


大きく目を見開いた弁慶さんの表情は、あまり見ないものだ。いつも用意周到な彼を出し抜けることは、滅多にない。だから、少し嬉しくもこそばゆくもあった。

所狭しと並んだ料理に、集まった賑やかな人々。それら全て、弁慶さんのために集められたもの。突然差し出されたそれらに、私の旦那さんは戸惑いを隠せていない。

サプライズパーティーをしたいと言いだしたのは、私だ。
今日は二月十一日。結婚してから初めて迎える、彼の誕生日だ。こちらでは年齢を数え年で重ねる。だから個人の誕生日を祝う習慣がない。でも向こうでの誕生日の話をしたら、ならば弁慶さんの誕生日会をしようと朔ちゃんと景時さんが協力を申し出てくれたのだ。


「弁慶さんにはすぐ、ばれちゃうと思ってたんですけど…」

「いえ、全く気付きませんでした。家の事はすっかりあかりに任せていましたし、最近忙しかったですから」

「弁慶殿。お仕事が忙しいのはわかるけれど、あかりに寂しい思いをさせちゃ駄目よ?まぁ、弁慶殿を連れまわしている兄上にも責任はあるけれど」

「う、それを言われると胃が痛いよ〜」


朔ちゃんの言葉に、景時さんは頭を掻く。
弁慶さんは九郎さんが向こうに行ってしまってから、源氏軍を辞めた。私と一緒になって、これからは軍師として生きるのだと五条の近くに家を借りたのだ。
それでも未だに軍に手を貸しているのは、鎌倉殿を中心とした新しい政治体制がまだ上手くまとまっていないからである。

私は、それを良く分かっているつもりだ。新婚なのにと朔ちゃんは渋い顔をするけれど、私ばかり寂しがれない。弁慶さんの方が、色々大変だから。


「朔ちゃん、私は大丈夫。それに、だからこそ隠しきれたんだし。景時さん、忙しい中こんなに皆さんを集めてくれてありがとうございました」

「や、俺にはそのくらいしかできないからさ!本当にあかりちゃんは良い奥さんだよね、弁慶が羨ましいよ」

「そ、そんなことないです…お料理だって、朔ちゃんが手伝ってくれからどうにかなっただけで…」


謙遜ではない。事実である。恥ずかしながら、軍師補佐ならともかく奥さんとしてはまだまだなのだ。日々奮闘しているものの、こればかりは地道に頑張るしかない。
朔ちゃんは、そんな私の肩を軽く叩いた。


「確かに私は手伝ったけれど。でもあかりが全部考えたのじゃない」

「あかりが、これを…」


弁慶さんの呟きに、私は恐る恐る彼を見上げた。

私と弁慶さんの家は、あまり広くは無い。質素な賃貸である。そこに景時さんを始めとした、源氏軍のお世話になっている人たちがたくさん集まって、ぎゅうぎゅうになって宴会が始まっていた。
並ぶ料理は、決して豪華ではないけれどいつもより手の込んだものだ。私はまだ料理が上手くない。それでも一所懸命、彼の好物をたくさんつくったつもりである。


「喜んで、もらえました…?」


もしかしたら彼は、賑やかな集まりも豪華な食事も望んでいないかもしれない。忙しい中こんなこと、余計に疲れさせてしまうかもしれない。そんな風に少し不安も、あった。


――それでも感じて欲しかったのだ。この料理は、この人々は、全て弁慶さんを祝福するために集められたものなのだと。貴方は、多くの人に祝福されるべき人なのだと。
これからは、幸せに生きていい。目一杯、幸せになってほしいという私の気持ちを。

独りにしたら幸せから遠ざかってしまう人だからこそ、私は彼に抱えきれないほどの幸せをあげたいのだ。


「君は、最高の奥さんですね」


ゆっくりと、弁慶さんは私に目を向ける。


「朔さんの言う通りです。君にさびしい思いをさせてはいけませんね…いや、こんなに可愛い奥さんをひとりになんてしておけない」


弁慶さんの指が私の髪を梳く。優しいぬくもりと彼の視線に、胸が高鳴る。


「あかり。僕は、君を選んで良かった。僕は世界一の幸せ者です」


どこか泣きそうな、しかし幸せそうな笑みを浮かべた弁慶さんを。私はぎゅっと抱きしめて、もう一度、囁くのだ。


「弁慶さん、お誕生日おめでとうございます」



150211
弁慶さんはぴば!



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