悋気に惑う


いつからだろう。
具体的な切っ掛けがあったわけではない。それは確かである。

少なくとも以前は、こんなに心の狭い男ではなかった筈である。女性は愛でるものだと教わり育ち、支えはしても己の欲望により縛り付けることは愚かな行いであると信じていた。基本的に他者には、とりわけ女性には、柔らかな態度で接するようにしている。

だがどうしたことか、抑えが利かないのだ。――あかりのことになると、どうにも冷静さを欠く。そもそも、あらゆることにあかりは例外的に作用した。
彼女に対する自分の言動が、いかに愚かしいことであるか。わかっているのに、どうしようもない。それ程までにあかりに入れ込み、心乱されている。





一緒に暮しはじめ、ようやく生活にも慣れてきたという頃。ふらりと訪ねてきたのはヒノエだった。僕とあかりは彼を歓迎した。

そこまでは、いい。問題はそこからだ。
所用で、僕だけ少し席を外した。あかりとヒノエは知らぬ中ではない。一時期は共に旅をした仲間でもあるし、妻と甥を少しの間二人きりにしておくことに、疑問などなかった。

(とはいえ、男女。僕が甘かったのかもしれない)

戻ったその時、なにやらやたらと両者の距離が近かったのである。顔を寄せるヒノエに、特に抵抗しないあかり。それどころか、なんだか楽しそうにくすくす笑い声が聞こえる。


「…何をしているんです?」


声を掛けると、ぱっとあかりは顔を上げた。僕を映した目に、暖かな色が浮かぶ。その反応が嬉しい。
――しかし、今し方ヒノエに向けられていた柔らかな笑みや、親しげな触れあい。それを思い出し、素直に笑えなかった。


「あかり」


未だに近い距離に、自然と咎めるような響きになってしまう。あかりは首を傾げながらも、こちらに駆け寄ろうとする。だがヒノエは、彼女の肩を掴みとどめた。


「あかり、行くなよ。話の途中だろ」

「でも…」


あかりは困ったようにこちらに視線を寄こす。それでも離そうとしないヒノエ、言われるままのあかりに正直、腹が立っていた。


「ヒノエ、あかりが嫌がっています。離しなさい」

「嫌がってる?どうだか。オレにはあかりがお前に従わされているように見えるけど」

「……ヒノエ」


僕は二人に近づくと、生意気な口を利く甥を睨みつける。


「今だけの話じゃやにさ。あんたたち、もう主従じゃなくて夫婦だろ?もっとあかりの意志を尊重してやったらって思うね」

「僕は別に、あかりを従わせようなどと思っていませんよ。それともあかりがそう言ったのですか」

「まさか。あかりはあんたに勿体ないくらいの良妻だ」

「それならば、うちの家庭事情に口を出さないで下さい。いくら親戚でもね」

「あっそ……まあ、いいけどさ」


と言いながらも、ヒノエは呆れたように溜め息を吐く。それから、肩を掴んだままのあかりの身体を引き寄せる。そして、挑発するように僕に目をやり彼女の耳元で囁いた。


「男の嫉妬は見苦しいぜ。あかりもそう思うだろ」


話を振られたあかりは、困ったように笑う。


「もう、ヒノエくんったら…弁慶さんが嫉妬なんてするわけ、」


でも僕は、彼女の言葉を終わりまで待つつもりはなかった。限界である。
途中で遮り、無理にあかりの身体をこちらに引き寄せる。肩を抱き込み、ヒノエから引き離した。


「あかりは僕の妻です。気易く触らないで下さい」

「べ、弁慶さん?!」

「何焦ってんの。余裕ないじゃん」

「君が、僕の大切なものを盗ろうとするからですよ」

「あんたも、なかなか言うようになったな。あーあ、あかりは大変だ」


口調とは裏腹にヒノエは面白そうに笑い、ひらひら手を振ると外へ去っていった。





残された僕とあかりに、沈黙が落ちる。あかりは状況が読み込めないのか、ヒノエの出ていった戸と僕を、代わる代わるに見遣る。
彼女の髪を撫でれば、腕の中であかりは身じろぎ、僕を見上げた。その様子が可愛くて、愛おしくて、だからこそ腹が立つ。――まるで僕ばかりが滑稽に踊らされているようで。


「本当にあかりには、振りまわされっぱなしだ」

「弁慶さん、」

「ねえあかり。僕は重いですか?怖いですか?嫌になった?…でも、諦めなさい。彼女が受け入れた男はそういうやつです。今更離してやれない。際限が見えないんです」


どろどろとした心が、あふれる。情けないと思いながらも、止められない。溺れるように、彼女に縋る。怯えられるかもしれない。嫌われるかもしれない。そんな不安と後ろ暗い気持ちがついてまわる。
しかし妻の反応は想像した中のどれでもなかった。頬を染めて、ただ笑ったのである。


「大丈夫ですよ弁慶さん、大丈夫」


あかりの声が、僕の心を温めていく。


「私は嬉しいです。こんなに想ってもらえて、私は本当に幸せなんです」


そんなふうに甘やかすから、彼女の優しさに甘えてしまうのだ。
結婚して、夫婦になって。僕のものにした筈なのに、まだ足りない。厳重に、鎖を掛けて。深く深く繋いで。どんどん強欲になる気持ちは抑えられなくて。

(あかりを永遠に、捕らえておきたい)

そんな風な不穏な気持ちを抱いているのに、彼女は今日もただ優しく笑うばかりで。
ああ、だから僕は彼女に惹かれて止まない。



141229
「弁慶視点で嫉妬話」でした!リクありがとうございました!



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