軍師の成れの果て


京で夫婦として暮らし始めて、早くも片手では足りない程の月日が経っている。
あの和議の後、平家は許され朝廷に復帰し、そして鎌倉に幕府が出来た。まだまだ中央は厄介事が多いとはいえ、戦は減り、民の生活は平穏を取り戻している。

そんな中、夫婦薬師(めおとくすし)といえば、京で知らない者はいない。五条近くに小さいながらも居を構えた夫婦が、身分を問わず良心的な対応をしてくれると、隣国からも訪ね人がある程だった。
その生活の中で、かつての顔見知りが訪ねてくることも少なくは無い。大抵は懐かしい思い出話で済む。だが中には、少々厄介な客もいるのだ。


「弁慶殿、鎌倉幕府にお力添えを願えないだろうか」


男は、鎌倉幕府の御家人だと語った。かつての戦いでは景時の軍勢に加わっていたらしい。今は六波羅探題にいるとかで、噂を聞きつけ弁慶を訪ねてきたのである。
厄介な客だ――という心情は表には出さず、弁慶は微笑んだ。そしてやんわりと、断りを入れる。


「僕はもう、源氏から手を引いた身ですから。これからはただの薬師として、生きるつもりですよ」

「だが、貴殿の軍師としての力は、こんなところで埋もれさせておくには惜しい!是非とも御一考いただけないだろうか!」

「そう言われましても…既に何年も前のことですよ。僕にはそのつもりは、ありません」


取り合おうとしない弁慶に、御家人の男はむっとしたように声を荒げた。


「弁慶殿は、この世を立て直すという時に貢献したくはないとお思いか?!貴殿は――」


「父上〜!」


話がこじれかけたその時、奥の部屋からぱたぱたという足音と共に、小さな二つの姿が駆けこんできた。一つは纏わりつく様に弁慶の衣を掴み、もう一つは抱きつくように膝を陣取る。
突然の来週ときゃらきゃらとした笑い声に、御家人は呆気にとられたように目を丸くした。


「…今度五つになる長女と、三つになる長男です。ほら、ご挨拶なさい」

「こんにちは!」

「ちわ!」


にこにこと子供たちが声を上げたところで、今度は慌てたように女が一人、入ってきた。あかりだ。彼女は子供たちを見ると、困ったように眉尻を下げた。


「こら、二人ともまたお父上の邪魔をして…弁慶さんごめんなさい、お客様がいらしていたのにお構いもせず。この子たち本当に貴方が好きだから、構ってもらいたがって仕方がないんです」

「妻です。あかり、こちらは御家人の方でかつては僕らの軍にも居た方なんですよ」


あかりは小さく呟くと、膝を付いてようこそおいでくださいました、と御家人に向かって微笑んだ。呆気に取られていた男は、あかりの姿にはっとしたように瞬いた。


「もしかして、軍師補佐殿では?」

「今はただの、薬師の妻です。今お茶をお出ししますね」


あかりが立ち上がりかけたのを、弁慶が押しとどめる。


「あかり、お前は下がってなさい。お腹の子に悪いですよ。悪阻酷いんでしょう」

「…大丈夫です、初めてじゃないんですから」

「いいから。主治医の言うことは聞きなさい」


あかりは少し口を尖らせる。しかし、照れたように頷くと腰を落とした。弁慶は妻の姿に満足し、改めて御家人へ視線を戻す。


「すみません、騒がしくて。まだお話の途中でしたね」


御家人は弁慶や妻、子供たちを順々に見る。それから、気の抜けたような表情で頭を掻いた。


「いや…弁慶殿。そろそろ私はお暇しよう。どうやら、来る場所を誤ったようだ」

「え?」


今度目を丸くしたのは弁慶の方である。御家人は、弁慶の表情に面白そうに言った。


「今の弁慶殿は、軍師ではないんだなと。こんな暖かな家族を見せられては、とても無理やり引き戻せはしない。私も、家族の元に帰りたくなりました」


弁慶は自分の状況をようやく認識したように、はっとし表情を緩める。愛おしい妻に、可愛い子供。それらに囲まれ、自身がどのように緩んだ顔をしているのか。自分では気付かない。でも、きっと。


「ええ、そうなんです。この幸福を知ってしまってからは、あの戦場の高揚感は霞んで見えてしまう。僕にはどんな軍略を立てるよりも、妻の機嫌を窺う方が頭をよほど使うんです」


きっと――よほど幸せそうな顔をしているのだろうと思う。
去っていく御家人を見守りながら、隣に立つあかりを抱き寄せた。


「ねえあかり、愛してます」


気紛れな囁きに未だ頬を染める可愛い妻に、きっと飽きる日はこないんだろう。
弁慶は思い、その額に唇を寄せた。



141103
弁慶夫婦と子供とほのぼのでした。
リクエストありがとうございました!



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