彼との関係 あの日々は、私にとってなんだったのだろう。今でも時折考える。 きっと大切なものを探す旅だったのだろう。私の運命そのものだったのだろう。 ――何よりも大切な人を得た、掛け替えのない時間だった。それだけは確かだ。だから、後悔なんてしない。この先、何があろうとも。私は一番大事なものを見つけたのだから。 HRが終わって、放課後。荷物をまとめて席を立ったところで、長髪の女の子が廊下から飛び込んできてぐるりと教室を見渡した。彼女――春日望美ちゃんは私を見つけると、声を上げる。 「あ、いたいたあかり!今日は荷物置いたら将臣くんの家に集合ね!ごめん私は先行く!」 そのまま、返事も聞かずに彼女はばたばたと、廊下を駆けていった。彼女の乱入に、その場に居たクラスメートたちは私にちらちらと視線を送る。元々下校時刻で騒がしい教室内だったが、飛び込んできたのが隣のクラスの美少女・春日望美ともなればそれだけで驚きの事実なのだ。しかも、声を掛けられたのは私。これまで、彼女と学校内で話したことは殆どない。まさかの私と望美ちゃんの組み合わせに、皆驚いているのだろう。 なんとくいたたまれなくなって、鞄を掴み教室を出る。 すると、廊下は教室以上にざわついていた。皆が校門の方を窓から覗き見て囁き合っている。 「なにあれ、中華王子?めっちゃかっこいい!」 そのフレーズになんとなく脳内に、ピンとくる姿が思い浮かぶ。まさか、と私も窓から下を窺って納得した。 (なるほどね) そこには校門に立つ麗人――白龍と、そこに息を切らした駆けつけた望美ちゃんの姿があった。どうやら、白龍がここまで望美ちゃんを迎えに来ていたらしい。常人離れした白龍の姿に、高校生たちが騒ぎたてるのは当然といえば当然のことだろう。だから、それに気付いた望美ちゃんはあんなに急いで廊下を走っていったのだ。 私は白龍に見つからないうちに、目を逸らした。ここで私まで知り合いと知れてしまったら、とんでもない騒ぎになりそうだ。学校で騒ぎを起こすのは、得意ではない。 (裏門から帰ろう) 階段に向かって足を踏み出したところで、教室から出てきた数人の女子に呼びとめられた。 「あかり、ちょっといい?」 そこそこ仲の良い、クラスメート三人だった。いいよ、と足を止めて向い合うと、その中の一人がふと真剣な顔をして私を見つめた。 「ねえあかり、最近春日さんと仲良いよね。突然どうしちゃったの」 「それそれ。さっきもびっくりしちゃった!何あれ、呼び出し?」 「他の子ならともかく、あの春日さんだもんね〜。あんな有名人といつの間に知り合ったのさ」 あまりに直球の問いかけに、答えに窮して私は苦笑いを浮かべた。望美ちゃんは、いろんな意味で目立つ。皆の憧れだったり、タイプの違う女の子からは近づきにくいと思われているのだ。かつては私だって、望美ちゃんを素敵だとは思っていたけれど、とても話しかけにいく勇気はなかった。 彼女たちも、地味な私と望美ちゃんの間の接点が見当たらないのだろう。でも、そんなのわかるわけがない。 ――異世界に行って、一緒に闘ったり色々しました、なんて。 これは、関わった私たちだけの秘密だ。 「まあ、色々あって」 曖昧に誤魔化すと、皆は納得しないまでもとりあえず追及はしないでくれた。それは兎も角、と本題に入る。 「クリスマスどうする?」 「え?クリスマス?何かあったっけ」 「何言ってんの。どうせ、予定ないでしょ。今年もいつもみたいに、皆で集まろうって話」 その言葉に、そういえば、と去年までを思い返す。クリスマスといえば、恋人同士の記念日。家族でケーキを買ったりするのもいいけどどうせ彼氏がいないのなら、と去年までは寂しい女友達数人で集まっていたのだ。当然、今年も同じような話になったのだろう。そして、私もそこへ参加すると皆が思っている。 私も当然、了承するつもりでいた。――彼氏が、いないのなら。 「まさか僕を放り出して、友達との集まりに行ってしまうなんてことはないですよね、あかり?」 「うん…そうなんだよね、今年はそういうわけにもいかな…」 どう答えようと頭を巡らせる中で、問いかけられた声に何も考えずに相槌を打ってしまった。…打ってから、はっとして顔を上げる。ここに居る筈のない人物の、声。え、と振り返るとそこには微笑む彼の姿があった。驚きのあまり、上ずった声が出る。 「弁慶さん――どうして、ここに?!!!」 「この後出かける約束をしていたけれど、待ち合わせを決めていなかったでしょう。しばらく門の前で待っていたのですが、なかなか貴女が来ないので迎えにきたんですよ」 「でも、校内!部外者は入れないんですよ!?」 「保護者ということで、入れてもらったんです。間違ってはないでしょう?」 確かに、彼の胸元には「来客」の札が下がっている。スリッパも外来用だし、ちゃんと正規のルートで入ってきたらしい。彼のことだ、それは心配していなかったけれど、流石としかいいようがない。――というか、問題はそこではなくて。 「あのーあかり…?」 恐る恐る横から掛けられた声に、状況を思い出してぎくりとする。 ここは、校内だ。ただでさえ生徒以外の人が立ち入ったら目立つ。それは先程の白龍を見ていてもわかる。その上――目の前の彼、弁慶さんは人目を引く容姿をしている。長い柔らかな髪、黒いスーツっぽい服を優雅に着こなし、優しげな整った顔立ちは大人の男性の色気を隠さずに撒き散らしている。…まあ、見た目の優しさと内面は、必ずしも一致しているとは限らないけれど。 つまり、物凄く目立っていた。校内に居る分、先程の白龍以上だ。廊下に居た他の生徒たちも、何事かとこちらを窺っているのがわかった。私は、焦ってしどろもどろになる。 「ええと、この人は、その」 「はじめまして、皆さん。あかりがお世話になっています」 大して弁慶さんは、顔色ひとつ変えずに私の友達へ挨拶をした。にっこりとほほ笑む彼の姿に、女子高生たちが頬を染めたのがわかった。 「あの…あかりの親戚の方か何かですか?」 「いいえ、親戚ではありませんよ」 友達の問いかけに、弁慶さんはクスリと笑う。ちらりと、弁慶さんが私を見やる。嫌な、予感。 しかし私が口を開くより先に、彼はとんでもない発言を投下したのだった。 「あかりの、恋人ですよ」 明日から冬休みで良かったと、心から思った。 141013 |