余所見禁止


今までの私の人生からは遙かに縁遠い単語だったので、思わず私はオウム返しに聞き返してしまった。


「ダブルデート…?!!」

「そう!私とあかりと九郎さんと弁慶さんで、一緒に行こうと思って。明日は予定ないって言ってたよね。行こうよ!」


望美ちゃんからの突然のお誘いに、思考がすぐには追いつかなかった。望美ちゃんの方はかなり本気らしく、どんどん予定を立てていく。ようやく状況を把握し、断ろうと口を開いたところで望美ちゃんは真剣な顔で私を見つめた。


「九郎さんと二人じゃ、私も照れちゃってなかなか遠出には誘えないんだ。それにあかりも弁慶さんとあんまりデートしてないでしょ?だからお願い、付き合って!」



勿論、断れるわけがなく。
そのまま迎えた翌日。自分の置かれた状況に、弱り切っている。


今回のダブルデートは、四人で街を散策しようということになったのだ。まだ九郎さんや弁慶さんはこの辺りには慣れていないし、それなりに賑わった街中は恋人らしいことをするにはぴったりだという考えからである。

ぶらぶらと歩いて、気になるお店を覗いて行く。他の友達とのウィンドウショッピングとはまた違った楽しさがあった。けれど、ふと我に返って自分がとんでもないところに居ると、認識しまった。

(そりゃあ、目立つよね…)

最近ずっと一緒にいたから忘れていたけれど、望美ちゃんはかなりの美人さんだ。九郎さんや弁慶さんも、言わずもがな人目を引く容姿をしている。つまり――こう言ったらなんだが、顔面偏差値が高い。連れ立て歩く姿に、道行く人が振り返るのは当然といえば当然である。
他の三人は気にならないのか、どんどん先へ歩いて行く。だけれど一度気付いてしまったら意識してしまって、私はちょっと三人からは足が遅れた。

(この中で私、場違い感半端ないよなぁ)

前を歩く三人の姿に続く私、この状況を客観的に考えて苦笑する。悲しいことに、私の顔面偏差値は普通である。すごい崩れてるとは思わないけど、際立つものは全くない。どこにでもいそう、しかも目立たない地味なタイプの女子だ。

これでも今日は弁慶さんとのお出かけ、しかもダブルデートだからと気合いを入れたつもりなのだ。お気に入りの服に、いつもよりも気を使った髪形。家を出る前も、何度も鏡を見て確認した。でも、こうして四人で街へ出て――…いくら頑張っても元の素材に限界があったなと、実感したのだ。卑屈になるつもりはない。事実として、そうなのだと納得してしまったのである。

異世界に居た頃にも、似たようなことがあった。何も持たない自分と、神子・八葉という立場を持っている皆を考えた時だ。あの時も随分悩んだけれど、だからこそわかる。ない物ねだりしても仕方がない。


その時。少し後ろを歩く女の子グループの囁きが聞こえてきた。


「ね、あの人たちカッコ良くない?」

「うわ〜本当だ!やばいっ超いい!!」


九郎さんと弁慶さんを指した会話だということは、すぐに分かった。どこが良い、ここが魅力的だとひそひそと黄色い声をあげる彼女たちは、しかしがっかりしたように続ける。


「あのポニーテールの人の隣に居る子、彼女かな?すごいお似合いだよね、羨ましい」


九郎さんに寄り添う望美ちゃんに、羨望の視線が投げられる。楽しそうに微笑み合う二人は、確かにお似合いだ。


「あ、でも後ろの人は一人っぽくない?私、彼の方が気になるかも。すごい優しそうで素敵」

「ほんとだ。前の二人と一緒に来てるっぽいけど…もしかしてチャンス?え、どうする?声掛けちゃう?」


――心臓を鷲掴みされたような心地がした。
弁慶さんがモテるなんて、異世界に居た頃から分かりきったことだったけれど。でも何故か、あの時よりもざわざわと焦りが滲みだす。

(かっこいいもんなぁ…)

背筋を伸ばして歩くその後ろ姿に、胸が甘く締め付けられる思いがした。どうしようもなく、私は弁慶さんが好きだ。この気持ちだけは誰にも負けない。その自信はある。でも、確かに危機を感じている

異世界ではあまり感じなかった焦燥感は、今になって私を苛んでいた。今や弁慶さんもこの世界の住人だ。もう戦いに脅かされることなく、自由に暮らせる身なのだ。もし、弁慶さんが私に愛想を尽かしたら?もっと魅力的な女性が、現われてしまったら?私は、ずっと、彼の一番で居られるのだろうか。私に、彼にずっと選んでもらえるだけの魅力は本当にあるのだろうか。

そんなことを考えていたら、足が止まっていたらしい。


「…あかり、迷子になりたいんですか」


掛けられた声にはっとする。弁慶さんが、目の前に居た。どうやら遅れた私に気付いて戻ってきたらしい。


「こんなに人が多い中ではぐれたら、合流は大変です。もっとしっかりなさい」

「ご、ごめんなさい…」

「そんなんじゃ、困りますよ。僕の恋人なのだから、堂々としていてくれないと」


私を見下ろす弁慶さんと、見つめあう。いつも通りな彼の態度に、けれど私はなんだか自分が情けなくなってきた。

…ほんとうに、私でいいんですか。
…私で弁慶さんにつり合いますか。

言葉にできない疑問と不安が、ぐるぐると胸の中を渦巻いているようだった。でも、言葉にはならない。そんな事を聞いて、呆れられたくないと思った。だからいつも通りな平静を装って、視線を逸らしかける。
――が、それは叶わなかった。突然頬掴まれ、気付いた時には彼の唇が私の額に落ちていたからである。


「ちょ、弁慶さん?!!」

「今のはあかりがいけないんですよ。そんな物欲しそうな顔をして、僕を煽るから」

「煽、そんな、つもりは」

「貴女は無意識だから性質が悪いんです。ただでさえ今日は、頑張ってお洒落してきた君が可愛すぎて戸惑っているというのに。今すぐ連れて帰りたくなってしまう」


あまりに突発的な彼の行動に、驚き反応ができない。状況を理解し、顔に熱が集まる。
…と、ざわめく背後に気付く。先程の女の子たちだろうか。そりゃあ、驚くだろう。突然噂をしていた麗人が近寄ってきたかと思えば、目立たない一人の女子にキスしたら。居たたまれなくなって唇を噛む。


「…酷い人ですね。僕よりも外野を気にするなんて、君しか見えてない僕が馬鹿みたいじゃないですか」


再び頬に添えられた手、低い囁きにはっとして彼へ視線を戻す。弁慶さんは、ちょっと不機嫌そうに目を細める。それから、ちらりと私の背後へ視線を向ける。


「なるほどね…」


何か納得したように呟いたかと思えば、私の手を取るとゆっくりと指を絡めた。


「帰ったら、たっぷりとお仕置きしてあげますから。今はこの手を、離さないでいてくださいね」


言葉なくされるがままの私に、彼はちょっと意地悪な微笑みを浮かべる。それから、絡めた指を見せつけるように持ち上げ――見せつける様に、口づけを落とす。

――きゃあ、と悲鳴に似た声が後ろからあがったような気がした。

でも、それを確かめることはできなかった。繋がれたままの手を引いて、弁慶さんは歩き出す。転ばないように少し駆け足で彼の隣を歩く。


「べ、弁慶さん、あの」

「何を気後れしているのかわかりませんが、これだけは覚えておきなさい。僕には君しか見えていない。君にも、僕だけを見ていて欲しいんです」

「―――!」



「あかりー、弁慶さーん!はやく、はやく!」


少し前で、九郎さんの隣に立つ望美ちゃんが私たちに手を振っている。弁慶さんは振り返らない。でも、繋いだ手が熱い。


どうやら彼に同じだけの愛を返すには、不安がっている暇なんて、ないみたいだ。



141013



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