もう一度キスして


「ねえ、伊沙子ちゃん。今流行りのおまじない、知ってる?」


なまえちゃんが、突然話題を振ってきたのは甘味屋で餡蜜をつついている時だった。今日も僕は、女装で町へ来ていた。勿論なまえちゃんに会うため…じゃなかった、例のくのいちの情報を探る為である。

ひと通り街を歩いた後の、甘味屋。ちなみに代金は、全部僕持ちだ。優しい彼女は割り勘にしようと何度も言ってくれたのだが、譲るわけにはいかなかった。それは僕が実は伊沙子(女)ではなく伊作(男)だからというだけではない。今日彼女に会ってここへ来るまでにやらかした、失態の取り繕いも兼ねてだ。



「ううん、知らないな。流行っているの?」

「最近町娘たちがね、こぞってやりたがってるの」


なまえちゃんは自分も町娘なのに、まるで他人事のように言う。しっかりしているようで、時折彼女はずれたような発言をするのだ。そんなところも天然で、とても可愛いと僕は思う。


「だからね、伊沙子ちゃんにやってあげる。厄が祓えるんだって」


にっこりと笑った彼女の言葉に、僕は思わず笑みが引きつった。厄祓い、の言葉に彼女が言わんとしていることがわかってしまったのである。

今更な話ではあるが、僕は不運だ。そしてこの不運は、なまえちゃんと過ごしている時にも勿論起きるのだった。今日彼女と会ってから、物に躓いたのが二回。突っ込んできた台車に轢かれかけたの一回。店先で水を掛けられかけたの一回。…などなど、見事に不運を引きつけている。
なまえちゃんの機転もあり、事なきを得たものばかりではあったが、流石に彼女も酷いと思ったのだろう。そこで、厄払いのおまじないである。


「伊沙子ちゃん、左手を出して?」


僕は言われるがまま、左手を差し出した。
彼女にまじないをしてもらえば、利きそうだ。町娘たちに流行りであるというし、何か情報の足しになるかもしれない。有難くやってもらおう。

――だがそれは、あまりに軽い考えだった。

なまえちゃんは僕の左手を包むと、そっと持ちあげる。何か念じるように一回ぎゅっと握る。それから…それから何と、彼女は、僕の薬指に唇を落としたのである。


「!!!????」


どきどきした、なんてものではない。体中の血が一気に沸騰したような気分だった。言葉にならない。ただただ赤面して、情けなくも手が震えた。


「ふふ、伊沙子ちゃんってば真っ赤」


なまえちゃんは僕を見て、悪戯っぽく笑った。


「突然、ごめんね。これ、意中の人に気軽に接近できるって女の子に人気なの。でも、ちゃんとお祓い効果はあるらしいから安心して!」


僕は彼女の言葉に、何度も何度も頷いた。でも、最早お祓いの効果などどうでも良かった。
片想い相手の女の子の唇が触れた薬指が、どうしようもなく熱く、疼いて仕方がなかった。



*



みょうじが忍術学園に来てから、数日。何かと災難に巻き込まれることが多いと、ぽつりとこぼした彼に、僕は思わず目を剥き声を上げた。


「それは大変だ!保健委員会の不運が移ったのかもしれない!」

「不運が移るわけないだろう」

「甘いよ、みょうじ。僕の不運はすごいんだから。でも…そうだ、お祓いのおまじないがあるよ」


聞く耳を持とうとしないみょうじに、そう言うと向い合って距離を詰めた。無造作に床に置いていた彼の左手を掴む。そして――その薬指に唇を落とした。


「な?!!おい、善法寺いきなり何を――」

「流行りのおまじない。厄を祓えるらしいからね。結構利くんだ」

「いや、それは知っているが…」


彼は大層驚いたらしい。視線をさ迷わせて、居心地悪そうにした。
それは、そうだろう。親しくもない相手に、指を口吸いされたら。でも、そうせずにはいられなかった。


「ごめん、吃驚させたね」


軽く謝罪を口にしながら、考える。
あのおまじないをみょうじにしたのは、無意識だ。きっと、もう逢えないだろう片想いの少女が、恋しくなったからだろう。


140720



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