甘いだけのキスをして


「何、甘えたなの?珍しいわね」


小さな平屋の一軒家。忌々しい名取周一が手配した、なまえの今の住まいである。近頃彼女は的場の屋敷に顔を出すことが多かったが、それでもまだ住まいはこの家としている。

なまえの在宅を狙って訪れた静司は、ソファーに腰掛ける婚約者の膝に頭を落とした。いわゆる膝枕の状態に、なまえは驚いたように目を丸くした。
だが嫌がる様子はなく、ただ面白がって笑う。


「どれほど寝心地が良いのかと、気になったからな」

「あはは、感想はどう?」

「悪くはない」


微笑を浮かべ目を軽く閉じた静司に、なまえは手を伸ばす。髪を梳く様に撫でる。優しいその手つきに、暖かな心地よさを感じた。されるがままの静司は、普段は見れないような穏やかな表情をしている。それが物珍しくて、思わず彼の頬に触れる。温度を確かめるように指を当てれば、静司は薄く目を開いた。


「構って欲しいのなら、そう言えばいい」


低く柔らかに、静司は笑い声を立てた。からかわれたように感じて引きかけたなまえの手を掴む。やや強い力で引く。少しだけ頭を持ち上げ、引き寄せたなまえの唇を奪った。
啄むような、優しいキス。そしてまた膝に頭を沈めた彼につい、呟く。


「今日の静司くんはなんだか優しい」

「それではまるで、いつもは優しくないようですが」

「いつもは――優しいだけじゃないじゃない」


優しいだけでなく、もうちょっと情熱的だ。言いながら恥ずかしくなり、ちょっとだけ頬が赤くなった。


「そんな可愛らしい反応をするから、優しいだけじゃ済ませてあげられなくなるんですよ」

「もう、ふざけないで」


頬を膨らませながらも、それがなまえの照れ隠しであることは明らかである。

(そんなところも、愛おしい)

静司は思って、瞳を閉じる。
甘くゆったりとした空気に、溶けてしまいそうだと思った。


140817



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