優しいキスをして


なまえと恋人同士になってから、何度か言われたことがある。

――確かに彼女は気が利くし、優しいし、愛らしい。だが、普通だ。彼女は普通の女の子でしかない。君が躍起になって側に置くような魅力があるとは、思えない。

それに対するスパナの反応は、割と淡泊だ。無理に反論しようとは思わなかった。彼女の良さは、自分だけが知っていれば良いことだと。
でも、少しだけ考える。彼女への気持ちを改めて言葉にするとしたら、どう表したら良いのだろう。




「スパナ。休憩にしよう」


越えと同時に、優しく叩かれた肩。目の目に差し出されたマグカップを受け取り、振り返る。その先には、柔らかに微笑むなまえがいた。
なまえはスパナの有能な専属助手だった。そして最愛の恋人である。


「おいしい。やっぱり、なまえの淹れる緑茶は最高だ」

「愛情いっぱいだからかな?」

「うん、多分そうだ」

「もう、スパナったら…」


冗談のつもりで言った言葉を真面目に返され、なまえはくすぐったさそうに笑った。と、彼女は気遣うようにスパナの顔を覗き込む。


「…随分難しい顔をしていたけれど、どうしたの?」


彼の手元にあるのは、いくつかの書類だ。今日は大好きな機械いじりではなく、期限の迫ったこれらの処理に追われているのだ。
気が重いのはそれが、モスカの出した死傷者の詳細資料だからである。被害の程度や数値、攻撃効果だけならまだいい。だが、殺した人間の名前や立場、顔云々…生々しく感じられるそれには嫌悪すら覚えた。今更、罪悪感はない。自分が選んだ道だ。しかし、苦手なものは苦手だった。


「なまえは、うんざりしているだろう。こんな毎日に」


言うまでもなく、この愛おしい恋人がこの道を選んだのはスパナと共にいる為だ。嬉しいし、手放すつもりはない。でも、事実として辛いのではないかと心配にはなる。
なまえはちょっと困ったように、息を吐く。それから、ゆっくりと言った。


「…状況はかなり悪いよね。ミルフィオーレが悪いことをしてるって、私もわかってる。この二年、否応なしに自分の罪を感じさせられた」

「だろうな」

「でも、不思議なことにね。確かに辛い状況だけれど、私はこの二年がすごく、楽しかったの」


なまえは、優しく笑う。


「兵器を作っておきながら、不謹慎だし、確かにつらい出来事も多かった筈なんだけどね。きっと、スパナが側に居たから。――それだけで世界は、それまでよりも輝いて見えるの」


躊躇いもなく、一言で言い切ったなまえをスパナは驚いて見つめた。同時に、とても愛おしくなった。きゅんと胸が甘く締め付けられる感覚に、耐えきれず抱き寄せる。


「ウチも、同じ。…いやそれ以上かも。だってなまえが居ない世界で、どうやって生きていたか分からないんだ」


囁き、額を突き合わせる。目を合わせ笑えば、彼女も同じように表情を緩める。優しく口づけた唇は、どんな甘味よりも甘く感じて。


――きっとこの世界は、君が居るから輝いているのだ。


単純でいて、これ以上にない真理だと思った。


140817



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