ロマンチックには程遠い


転校生――私が、あの生徒会長に交際を迫ったという噂は瞬く間に学園中に広がった。
風間千景は私の申し出に、一度驚いたように硬直した。けれどそのすぐ後、不敵な笑みを浮かべて承諾したのだ。私との交際と、そして千鶴に金輪際迫らないという条件を。

我ながら大胆な申し出だったとは思う。でも彼の素性は知っていたし、全く知らない男というわけでもないのだ。この学園に転校を決めた際に、覚悟していたことでもある。だから今更、思うところは特にない。全て順調だった。

(どちらかといえば、突然現われた得体の知れない転校生と付き合おうとする、あの男の神経が知れないわね)

ふう、と一息つく。
とりあえずひと段落だ。でも、周囲は簡単には納得してくれそうもない。


「姉さん!やっぱり僕、あんなの納得できません!」


声を荒げて詰め寄る従兄妹を、私は宥めるようにして微笑む。


「でも、もう決めてしまったことだから…」

「でも、じゃありません!理屈はわかります。姉さんの事情も…。でも、どうして姉さんが犠牲にならないといけないんですか?!千鶴も姉さんも僕が守る、あんな奴の好きになんてさせない…!」

「ありがとう、薫。本当に優しい子ね」


私は、薫を見下ろす。そっと頬に手を当てると、薫は照れたように顔を赤くした。それでも引くつもりはないようで、私を見上げて唇を噛みしめる。
薫は不器用だけれど、とても優しい子だ。本気で私を心配してくれているのだと分かる。こんなに優しい子に、こんな顔をさせているのが私だなんて心が痛んだ。どう説得しよう、と答えあぐねていると、薫の後ろから千鶴が声を上げた。


「千夜お姉ちゃん、私も薫と同じように思うな。たしかに生徒会長には困っていたけれど…お姉ちゃんがそこまでする必要ないと思うし…」

「ごめんなさい千鶴、でもそうも言っていられないの」


はっきりとした私の返答に、千鶴は瞳を瞬かせた。


「実は雪村と風間の間には色々あってね。今回の一件、あの男の執着を貴女から逸らすのが目的ではあったけれど…その限りじゃないのよ。薫は、少しは聞きかじっているんじゃないかと思うんだけれど」

「……姉さん、僕は、」

「いいのよ薫。でも千鶴も薫も、”雪村”に縛られるべきではない。逆にね、私、千鶴の今の状況を利用させてもらってしまった。だから、私に全て任せてちょうだい」


薫は俯き、千鶴は困ったように首を傾げた。
従兄妹たちの背後では、事情の知らない藤堂君、沖田君、斎藤君たちがぽかんとして私たちを見ている。申し訳ない。私が勝手に家庭の事情を校内に持ち込んでややこしいことになっているだけなのだ。そして千鶴はもちろん、薫も詳細まではわかっていないに違いない。
だけれど私に、それを説明する気はなかった。”雪村本家”の内情は少し――いや、かなり面倒なことになっている。この校内でそれに関係しているのは、私と、あの生徒会長だけである。他を巻き込む必要はない。


「安心して。私は自らこの学園への転入を果たして――そして、自らあの男に近づいたのよ」






『千夜、聞いたわよ。貴女、初日からやらかしたらしいじゃない』

「ふふ、お千は耳が早いわね」

『もう、笑いごとじゃないわよ!』


携帯電話の向こうから、友人の咎めるような声が響く。私が転校を決めたときから、彼女はあまり乗り気ではなかった。それでも”色々”と協力してくれたのだから、とてもありがたい。


『まあ、いいわ。貴女は言いだしたら聞かないんだから。…今後も、ちゃんと私を頼ること。いいわね?』

「うん、ありがとうお千。貴女って本当に素敵」

『もー千夜ってば可愛いんだから!やっぱり、あんな男にはもったいない!』


電話越しでも、彼女の不機嫌そうな顔は十分に想像付く。確かに、私の生家や今の状況はあんまり良いものではない。こんな状況でなければ、あんな交渉する必要もなかったのだ。でも、少なくとも友人には恵まれた。家族にも。それだけで十分である。
それに、と可愛い友人を安心させるように私は一言付けたした。


「風間千景。――彼ごときに、私が簡単に御し切れるわけがないでしょう?」


我ながら、愛の言葉というにはあまりにも強烈な本音だった。


150517



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