不覚にもときめいた


今朝から学園内を騒がせている女子転校生。転校生がやってくるという情報は数日前から掴んでいたものの、それが女子生徒だと知ったのはつい昨晩のことである。それほど彼女の転入は突然で予測不能なことであった。

とはいえ、今の風間にとっては転校生が女子だろうと男子だろうと大して関係はない。なぜなら、既に一人の女子生徒に執心だったからだ。それがこの春入学してきた雪村千鶴だということは、今更言うまでもなく、皆が承知していることだ。
だからどんな女子高生が転校してこようと、興味はない。そう高を括ってわざわざ会いにいく必要はないと思っていたのだが――例の女は、自ら風間の前に赴き、笑顔を浮かべた。


「風間生徒会長に、ひとつお願いがあるんです」


生徒会長たる自分に挨拶に来るとはなんと殊勝な女だと、思ったのもつかの間。鈴を転がすような声で囁く彼女は、従順なんて程遠い表情を浮かべていた。挑発的な視線が、真っ直ぐこちらを見上げる。


「千鶴に、これ以上近づかないでください」


それはあまりにはっきりとした拒絶だった。これまで数多の女に袖を振られた経験はあるが、見目は麗しく家柄も良い風間である。初対面でこのような仕打ちを受けたことはなかった。


美しい笑顔とはそぐわない彼女の言動に、呆気にとられたのは風間だけではない。
周囲のギャラリーたちは、突然勃発した生徒会長と転入生の諍いに硬直した。静まり返った周囲に臆することなく、当事者の千夜だけはその空気を楽しむかのように一歩、風間の前に歩を進める。

千夜は、千鶴や薫によく似た面影を持っていた。しかし彼女は、千鶴のような無垢な愛らしさや、薫のような凛とした美しさとはまた別の魅力を纏っていた。大人になりかけの少女の色気、とでも言えばいいのだろうか。まだ未完成とはいえ、成熟した姿はきっと見るものを魅了させるのだろうという期待を男に抱かせる。しかも紛れもなく、美女の類だ。そして彼女がそれを自覚し、武器に使える女であることを風間は瞬時に看破した。


「貴様…」

「私は、千鶴の従姉妹です」


千夜の言葉に、ワンテンポ遅れて顔を顰めた風間は口を開く。しかし彼女は間髪いれずにそれを遮った。


「風間の御曹司。貴方のことは、存じております。何でも、伴侶を見つけるまで卒業できないとか。…事情は分かりますが、そんな理由で私の可愛い千鶴に手を出そうなんて、笑止千万です」


風間の御曹司。

その呼び名に、風間ははっとして口を噤む。自分のことは学園中に知れ渡っているとはいえ、その呼び名を知っているのは身内と、それを取り巻く環境にある家々の者だけである。だからそれだけで、わかった。この女は、風間のことを知っている。”風間家”のことを、理解した上で今、彼の前に居るのだ。

(何者だ、この女)

”風間家”を取り巻く環境は、広いようで狭い。幼い頃から、風間は幾度となく家同士の付き合いや集まりに顔を出している。だがそこで彼女を見た覚えなどなかった。忘却しているなんてことは恐らく、ない。こんな――美しい女、一度見たらきっと忘れられない。

そのような風間の動揺など構うことなく、千夜は淡々と続ける。


「でも裏を返せば、千鶴じゃなくっても構わないということなのでしょう?」

「…何を」

「良い提案があります」


不意に、千夜の唇が三日月形に弧を描く。浮かべられた微笑に、周囲の男たちは思わず頬を染めた。


「良家の血筋の嫁が欲しいのならば、何も千鶴である理由はないはず」


ざわりと、心が騒ぐ。
自然と鼓動が早くなる。


「私が、貴方の恋人になる。それではいけませんか?」


甘い挑発的な囁きを耳にしたその瞬間。


その容姿の美しさに。
その意志の強さに。
何より強い光を宿す紫苑色の瞳、その輝きに。


風間千景は抗うこともできず――鮮やかなほど見事に、心を奪われたのだった。


140928



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