世界はいとも簡単に


事件というものは本当に、少しの前触れもなく日常に滑り込むものらしい。でも改めて思い返せば、前触れらしい前触れも確かに存在はしていたのだ。例えばそれは、去年よりも早く開けた梅雨だったり、いつもよりちょっとだけ機嫌の良い某風紀委員だったり、なにやら思わせぶりな他校の友達からのメールだったり。
それでも、気付くことはできなかった。そして突如として彼女は事件の中心へと誘われることになる。その話題を雪村千鶴が聞いたのは当日、ホームルーム直前のことだった。


「なぁ、雪村はもう見たか?例の人」


声を掛けてきたのは、千鶴の席を通りがかった龍之介だった。今日は平助が朝練だったから千鶴も早めに学校に着いたのだが、クラス一番乗りは龍之介だったらしい。それはさておき、彼の問いかけに思い当たるものがなく、首を傾げる。


「例の人…?なんのこと?」

「もしかして、聞いてないのか?今日二年生に、転校生が来るらしいんだよ」


龍之介の話によると、先週から校内では話題になっていたようである。千鶴はちっとも気付かなかったけれども。


「まあ、先週はそこまでの情報しかなくてさして皆も興味示してなかったからな〜。二年生の話だし、俺たちに直接は関係ないってさ」


でも、と彼は神妙な顔をする。そして、重々しく続けた。


「実はその転校生、女子みたいなんだよ」


一瞬、理解が遅れた。
――女子。女子生徒が、転校してくる。
それは、予想外の出来事で。


「あれ、雪村は嬉しくないか?ようやくお前が女子一人じゃなくなるっていうのに」

「あ…いや、ううん。びっくりしちゃって。どんな人なんだろう。仲良くできるかなぁ」

「お前なら、大丈夫だろう」


龍之介との対話で、千鶴は遅れてじわじわとこの事態の重大さを感じ始めていた。彼女は入学してから半年弱、ずっと一人きりの女子生徒として生活していたのだ。だけど、二人目の女子生徒が現われる。それは、事件とでも呼ぶべき出来事ではないのかと。


「おい、もしかしてあれじゃないのか、例の転校生!」

「え!??どこだ?!!!」


窓の外へ目をやっていたクラスメイトが急に叫んだ。教室に居た皆は、はっとしてすぐさま窓へ駆け寄った。それは龍之介も同様で――だけれど彼は何故か千鶴の手を掴み、千鶴は彼に引き摺られるようにして窓へと移動した。
そして促されるままに、階下へ目をやる。

ホームルーム直前ともあって、校門前に生徒は少ない。
昇降口前に、見慣れたスーツ姿が数人――近藤学園長、土方先生。そして、彼らに案内されるようにして歩く、薄桜学園の女子制服。


「うわ、本当に女子だ!」

「え、美人か?!!」

「ここからの角度じゃ…あっこっち向くぞ!!」


彼女は既に、目立っていた。千鶴のクラスだけではない。隣のクラスや上級生たちのクラスも同様に、窓から彼女の覗き込んでいるようだった。

この学園の生徒たちは千鶴にはもう慣れてきていたから、余計に、新しい女子生徒に目がいくのだろう。千鶴は彼女の気持ちが良く分かった。全校生徒にこんなに注目されるのは、とても居心地が悪いのだ。だから、もし出来るのなら、彼女に協力してあげたいとまだ名前も知らない女子生徒に思う。私の力では出来ることは少ないけれど、騒ぎを抑えてあげられたら…と。

――そう、思っていたのだけれど。

不本意ながら。本当に不本意ながらも、ようやく口から飛び出た千鶴の一言が、さらに事態をややこしくするのだった。


「え――、千夜お姉ちゃん?!!」


140409



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