『月灯記』




かつて、一人の少女が世界を救った。




神子――源氏の神子とも白龍の神子とも呼ばれたその少女は、多くの苦難の末、遂に世界を救うに至った。長らく続いた源平の戦いは終焉を迎え、ようやく世に平穏が戻ったのだ。
神子とその仲間たちは役割を終え、各々の生きる場所へと戻っていったという。


その一部始終を、神子軍記――『月灯記』と銘打たれた冊子軍は、事細かに書き記していた。今となっては唯一無二の、白龍の神子に関わる詳細な記録である。

『月灯記』という題は、筆者の手によりその命名についての由来が記されている。なんでも、件の神子は月のように清らかで美しい乙女だったとか。それに比べた己はまるで、月の前の灯火であると、そのような考えから付けられたらしい。


この筆者についての情報は、本名をはじめ、あまり多くは伝わっていない。
神子と同じ場所からやってきたということ。女の身でありながら軍略に理解があり、源氏軍で働いていたことくらいだ。
ただ全てが終わった後、筆者は京に残った。八葉の中の一人(残念ながら一部欠落しており、誰であるかは不明)と恋仲になり、夫婦になっている。

彼らは、戦禍の傷跡が生々しく残った京の惨状を憂いた。そして少しでもどうにかしたいと、力を尽くした。二人の豊富な知識と分け隔てのない態度に、多くの者が救われ、慕う者も多かったという。夫婦はとても仲睦まじく、皆が羨む息の合った似た者夫婦だったらしい。互いを運命のひとなのだと、幾度となく口にしていたとも伝えられている。
晩年は熊野に移り住み、子供や孫たちに囲まれて過ごした。
そして今、死してなお共にと誓った二人は、熊野の海を一望できる美しい岬に隣り合って眠っている。


筆者には、『あなづらはし女』という通り名が付けられている。
筆者とは別の手により『彼女は私にとってあなづらはし女である』という意味合いの一文が明記されていることに由来してのことだ。
『あなづらはし』は「軽く扱っても構わない、侮りやすい」という意味の単語で、あまり良い印象のものではない。だが、今度の場合は恐らく転じたもう一つの意で取るべきだろう。
すなわち、「気がおけない、遠慮がいらない」という意である。たった一文だが、この『あなづらはし女』という物言いには、親しさと愛情が込められているように感じさせた。


『月灯記』はその後、代々女系に伝えられる。何代も世代を重ね、この家系の子供が母親から寝物語に聞かされる、定番の昔話となった。原本は欠落個所もあるものの、桐の箱に大切に保管され、長女が嫁入りの際に引き継ぐ決まりとなっていた。





そして――”女”もまた、そのようにして物心つく頃から語り聞かされて育った。夭折した母親から『月灯記』を引き継いだ彼女は、白龍の神子に関しての蒐集と研究を重ねている。


時は、幕末。
再び訪れつつある世界の危機に、神子が舞い降りるのは必然。
願わくば、自分も「あなづらはし女」のようにありたいと。



”彼女”は空を仰ぎ、遠い祖先に想いを馳せた。




140914/完結



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