熱に浮かされたように茫然と、弁慶さんと見つめ合う。遅れて言葉の意味を理解した時、悲鳴のような声が口から漏れた。


「わ、私、あの、なんで…?!」

「何を言っているのか、わかりませんね。それに反論は認めない。これは命令です。…でも、」


弁慶さんは、私の頬を撫でる。触れられたところがひどく、熱い。彼から目が離せない。
縋るような口調。しかし決して逃がす余地を与えない声色で、弁慶さんは詰め寄ってくる。


「ねえ、あかり。返事を聞かせてください。君の口から、聞きたいんです」

「…っ そんな、そんなのっ……断れるわけないじゃないですか…っ」


やっとのことで、答える。何も考えることができない。ただ心のままに、続ける。


「私の心は、もうずっと、弁慶さんのもの、なんですから」


――告げた途端、想いが溢れた。嬉しいとか良かったとか、そういったしっかりとした形にはならない、ただ熱くて激しくてどうにもならない想いが雫となって頬を伝う。自分でも意図してなかったそれに、私は慌てて拭おうとする。


「ちがっ…あのっ、すいませ、う、嬉しくて………!」


しかし弁慶さんは、私の腕を掴んでそれを阻んだ。そして、何故か嬉しそうに頬を緩ませた。


「あかりの泣き顔、初めて見ました」


そうしている間にも、ぼろぼろと私は涙を流す。彼はそれを優しく指で拭い、静かに続けた。


「貴女は、僕の世界に来た時からずっと不安そうにしていましたね。でも一度だって、涙は見せなかった」


そうだっただろうかと、思い返す。特に意識していたことではない。でも、確かに泣くのは久しぶりな気がした。


「もしかしたら君にとって、あの世界は現実的ではなかったのかもしれないと、何度も思いました。いつか去る場所だからと、深い関わりを根本で避けていたのではないですか。僕はそれを、不安に思っていた。いつか君は…僕の前から去るのではないかと」


否定の言葉は、出ない。自分でも、そうかもしれないと思ったからだ。無意識下で自分に、そのように規制をかけていたかもしれないと。だけど、それが弁慶さんを不安にさせていたんて、思ってもみなかったことである。

弁慶さんの指は、涙の跡をなぞる様に頬を滑る。そして行き着いた唇に、返事を促すように触れた。


「でもこれからは、どんな表情も傍で見せてくれる。そうでしょう?」

「は、はいっ…!」

「ありがとう。――愛しています」


唇を離れた指は、髪を梳く様にしてゆっくりと後頭部に回された。


「あかり。僕の、僕だけの、運命のひと」


とびきり甘く囁かれ、額を擦り寄せ…私は誘われるままに、瞳を閉じた。

――啄むような優しい口づけ。

見つめ合う視線は甘美で、そして、幸福に満ちていた。視界いっぱいに広がる彼の顔に、恥じらうように笑いかければ、彼もまた綺麗に微笑む。
あまりの幸せに、目が回りそうだ。心が、満たされていく。




弁慶さんは、もう一度だけ軽くキスを落とすと、顔を上げて周囲を見渡した。


「――そういうわけで、あかりは僕のものですから。皆さん、よろしくお願いしますね」


そこでようやく、今の状況を思い出した。
皆が私たちに注目していた。一気に、頬に熱が集まる。でも皆の視線は暖かなものだ。今更取り繕っても遅いし、祝福されているらしいその状況に文句なんていいようがない。

弁慶さんは、楽しそうに私を抱きしめる。私は赤面しながら、彼の背中に腕をまわした。




きっと、これからも沢山の困難が待ち受けているだろう。
時には挫けそうになることも、あるかもしれない。でもそれは、承知の上だ。弁慶さんの隣にいることは、決して楽なことではない。それは今までもこれからも同じことだから。


彼と生きると決めた。この人と幸せになると、誓った。


だから私は、もうこの手を離さない。
ずっと共に、歩いていくために。


そしてきっと幸せに、なるから。




あなづらはし



140914



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