5 黒龍の逆鱗を持つ清盛さんですら、互角だったのだ。荼枳尼天は神だけあり、その強さは尋常ではなかった。しかし、皆も決して負けてはいない。これまで共に死線を切り抜けてきただけある。息ぴったりの攻撃は、徐々に荼枳尼天の力を削いでいく。 皆が戦う中、私は見ているだけしかできなかった。今に始まったことではない。いつも、そうだ。 私が出来ることはあまりにも少ない。それは戦に関して言えばより顕著であった。弁慶さんと作戦を練ることはあるが、実践するのはいつだって皆の方だ。いざ戦いが始まると、私は後方でひたすら邪魔にならないようにするしかない。 歯がゆく思わないわけがないのだ。でも、いくら頑張って修行したといsても、きっと望美ちゃんのようには成れないとわかっていた。神子のような特別な力も、持ってはいない。 ――出来ることは、ただ一つ。”見ている”ということ。 悔しいけれど、それが現実。背伸びをして無理をしても意味なんてないのだ。自分の能力を弁え、理解することは大切なことだと思う。 でも、”見ている”ことは私にしかできないことでもある。ならばそれを全うするしかないだろうと思う。そして、記録するのだ。それこそが私の役割だと信じていた。私の、私にしかできない使命だ。 苛烈を極めた戦いの末、一際甲高い悲鳴が上がった。手に汗握る彼らの戦いは、遂に荼枳尼天を追い詰めることに成功していたのである。 それは、断末魔に違いなかった。荼枳尼天は一度動きを止め、そのまま後ろへ倒れ込んだ。 「…やった…!」 誰ともなく、呟いた。望美ちゃんが髪を掻き上げ、振り返る。皆が望美ちゃんへ視線を映した。私も彼女を見つめ、それから弁慶さんへ視線を移す。 ――その時だった。 倒れた筈の荼枳尼天が再び、ゆらりと起きあがってきた。もう力もあまり残っていないのだろう。消えるその寸前。最後の力を振り絞った、一撃。 私以外の皆は、気付いていなかった。荼枳尼天の爪が伸びる。その先に。 「弁慶さッ…後ろ…!!!」 咄嗟の行動だった。何も考えていなかった。 ただ――、一瞬脳裏に鮮明な映像が浮かんだ。血に染まる彼の姿。笑いながら消えていく悲しい情景。似たようなものが、いくつも、いくつも。 あまりに鮮明なそれらが悪い想像なのか、それとも私自身忘れかけている遠い時空の記憶なのか。それは定かではないけれど、現実にしてはいけないことには違いなくて。 (だめ、それだけは許せない…!) 思った途端、飛び出していた。言葉を発する間も惜しかった。弁慶さんから庇うように、荼枳尼天へ背中を向けて立ちふさがる。 「あかり!!!!?」 刹那の瞬間、振り返った弁慶さんが目を丸くする。私は安堵していた。ああ無事だと――背中に、荼枳尼天の爪が伸びてきていることなど忘れ、口端が緩む。 「ッ!!!」 直後、鋭い痛みが背へ走る。抉られたような衝撃。投げやりな思考が、脳裏を占めた。 (最期に、役に立ってこのまま終わるのも悪くない) 諦めよりも達成感に近い感情だった。自分勝手な満足感。それに身を任せてしまおうと目を閉じかけ、しかしすぐ、強く手を引かれた衝撃で私は息を詰める。 「あかりッ!」 視界が塞がる。腰に、腕が回るのを感じる。弁慶さんに強く抱きよせられたのだと気付くまで、数秒とかからなくて。 「これで、おしまいだよ!」 慌てて振り返った先で、望美ちゃんが荼枳尼天に太刀を浴びせるのが見えた。 それが止めとなったらしい。今度こそ荼枳尼天は倒れ、姿を消した。 |