*


早朝から弁慶さんに付き添って訪れたのは、平家一門が滞在しているというお屋敷だった。弁慶さんは清盛殿直々にお呼び出しを受けたのである。
付き添いの私は、しばらく控えの間で待たされた。いつもの穏やかな笑みを張りつけ何でもないような顔をした弁慶さんと違って、私は少し緊張していた。和議が結ばれるとはいえ、源氏に協力していた私にとっては敵地である。

しかし、思いの外丁重にもてなされ拍子抜けした。控えの間といっても、ここは屋敷の中心部に近い小部屋だった。私が何かするとも、私に何かしようとも思っていないらしい。
待っている間に、少し遠くに老婆と幼子の姿が見えた。中庭を散歩しているようだった。もしかしてあれは、清盛の妻である時子――二位尼と、孫の安徳帝ではないだろうか。穏やかな表情で歩いて行く二人に目を奪われていると、後ろから肩を叩かれた。
弁慶さんが、帰ってきたのだ。





「あまり、気を抜きすぎないように。まだ、全てが終わったわけじゃありませんから」


屋敷を出て、道すがら弁慶さんは言った。隣を歩きながら私は彼を見上げる。


「弁慶さんは、疑り深いんですね」


まだ和議が、ちゃんと結ばれるとは信じ切れてないのだろう。自分の目で全てを見届けるまでは、肩の力を抜くことはできない。そうやって疑って、疑われて生きてきた彼らしい考えだ。
しかし弁慶さんは、私の発言に足を止めた。私を見下ろし、眉根を寄せる。


「疑り深くて、慎重で、臆病で…そんな僕に君は…」

「私は、そんな貴方をとても、好きだあって思います」


途中で言葉を遮り、私ははっきりと告げた。
最後まで話を聞かなかったのは、弁慶さんの表情が悲痛に歪んでいるように見えたからだ。そんな表情、少しでも早く止めさせたかった。
そんな意図が成功したのかは、わからない。でも弁慶さんは、私の言葉に目を丸くする。それから不機嫌そうに顔を背けた。


「あかりは、僕の気持ちを全くわかっていませんね」

「えっ…ごめんなさい」

「慣れました。今更、謝られても困ります」


見上げた弁慶さんの表情は、外套に隠れて良く見えない。でももうあの悲痛な顔ではなさそうで、それだけで満足だった。



140824
恐らく、弁慶さんの顔は真っ赤。



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -