2 清盛は、弁慶の心情を知ってか知らずか、勝気な笑みを浮かべる。しかし不意に真剣な表情を浮かべると、早速とばかりに本題に入った。 「後白河にも話しておるが、もしもの時は、時子と帝」 「わかっていますよ。比叡で丁重にお預かりいたします。ご安心を」 この申し出には、検討がついていた。 平清盛は、蘇り怨霊となっても、根幹は昔の彼のままなのだ。彼にとって何よりも大切なものは、平家一門。地脈を怪我したのも、一門繁栄の為。怨霊となったのも、一門を守る為。その原動力は一貫している。 この和議で、平家と源氏は表面上和解する。だが、きっと主導権は源氏が握ることになる。平家は長年憎まれもした。彼の大事な妻と孫の安全を、確固たるものにしておきたいのだろう。そして、その適任者は弁慶だったのである。 「しかし、このような大事な話、僕に託してよいのですか。清盛殿」 「そなたは、裏切り者ではあるが…馬鹿ではない。損得で動くそなたならば、あの二人を無下には扱うまい」 「ふふっそう言ってもらえるのは光栄ですね」 弁慶を良く理解している清盛の発言に、薄く笑みを浮かべた。それを分かった上での信用ならば、言うことはない。それが、弁慶の生き方なのだ。損得を鑑みた清盛からの信用は、情で共にいる仲間たちからの信用よりも、確かなものだろう。 ――と、清盛は目を細めた。探る様に弁慶を見つめ、唇を三日月形に歪める。 「弁慶、そなた雰囲気が少し変わったのではないか?」 つぶらな瞳が、弁慶を映す。首を傾げた弁慶に、彼は楽しそうに続けた。 「どこか、纏う空気が柔らかい――守る者が出来たろう。あの、付き人のような小娘か」 「……さて、何のことでしょうか」 「良い、良いではないか。愛とはまこと素晴らしいものだからの」 見透かしたような清盛の発言に、内心唇を噛みながらも塀善を装う。でも、この幼子の姿をした老獪にはお見通しらしい。 「今のそたなにならば、双六も勝てそうだ。全てが済んだら、あの小娘と共にまた屋敷を出入りするが良い」 愉快とばかりに差し出された提案に、つい笑みが引きつった。 |