4 その魔性の女に、望美ちゃんは真っ直ぐに向い合った。私たちが影で見守っているとはいえ、実質は一人きりで。 それでも彼女は、少しだって気後れする様子はない。堂々と、政子さんに言い放つ。 「私一人では、あなたを止めることはできないかもしれない。…ずっと、止めることができなかった。けれど、私は……一人じゃない」 大きな覚悟を孕んだ言葉。既に様々な方面からの根回しによって、和議は実現へと向かっている。政子さんや鎌倉殿が狙っていた平家への奇襲は、起こせる状況にはない。政子さんは、既に罠にはめられているのである。だというのに、それを物ともせず、彼女は微笑を浮かべて望美ちゃんに向き合う。 「みんな、戦ってくれています。私は諦めない。あなたを、ここで止めてみせる」 「そう…可愛い顔をして怖い子ですのね」 政子さんは、己の状況をよく分かっているようだった。追い詰められたこの状況を――楽しんでいる。 彼女は笑う。そして、囁いた。 「だけど、詰めが甘いわ。たとえば…あなたを消してしまえばこの先はどうなるかしら」 瞬間。政子さんの周囲の空気が変わる。人外の力が、その身体から発せられる。 そのタイミングで、私たちは躍り出た。譲君は弓を携え、政子さんを狙う。不利を悟った政子さんが踵を返す。リズ先生と白龍は、彼女の逃走を阻む。 私は、望美ちゃんに駆け寄った。何もできないけれど…それでも、盾くらいにはなれるかもしれない。 そうこうしているうちに、背後から一人の武者が政子さんに駆け寄った。 「御台所様!鎌倉より書状が参りました!」 政子さんは受け取った封を、すぐに開いた。そして――肩の力を抜いた。 (鎌倉殿が、和議を認めたんだ…!) 私たちは、悟った。九郎さんと弁慶さんの説得が成功したのだと。望美ちゃんは、緊張を解かないまま、政子さんに問う。 「政子さん、この戦いは…」 彼女は書状から目を離した。それから、望美ちゃんを見やる。その瞳には、呆れとも感心とも取れる光が宿っていた。 「ふふっ、こんな茶番の和議が…本当に結ばれることになるとは、思いませんでしたわ」 ”京の神泉苑で、源平の和議を。” その噂は、瞬く間に諸国へ広まった。 140810 |