意図的な遭遇


「私はここで待たせてもらいますね」


熊野本宮大社を前に、私は一人足を止めた。
先日、川の氾濫の原因となっていた怨霊を封じた私たちは、ようやく本宮へと辿り着くことができたのである。ここには、熊野別当がいる。その正体がヒノエくんであることは私や望美ちゃんは知っていたけれど――やっと、熊野別当に直接源氏への助力を頼むことができるのだ。
熊野の動向で、戦況はがらりと変わるだろう。九郎さんはもちろん、皆の肩に力が入る。

しかし、その大切な話し合いの場に自分は不要だと思った。卑屈になっているわけではない。冷静に考えた上での判断である。


「確かに、それがいいでしょうね。貴女は役割を負っていませんから、下手に関わるのも良くないでしょう」


弁慶さんはすぐ、私の意志を汲み取り頷いてくれた。けれども、ちょっとだけ表情を曇らせる。


「あかり、言っておきますがくれぐれも余計な行動は慎むように」

「はい、心がけます!」

「返事だけは立派ですね。参拝客にも近づかない方が良いでしょう。性質の悪い男も多いですから」


私は勢いよく、何度も首を縦に振った。弁慶さんは念を押すようにじっと私を見つめると、納得したのかようやく背を向けた。まるで、子供の留守番である。全く信用はされていない。

(それでも、何もないよりは全然いい)

一応心配してもらえている。その心遣いはただただ嬉しいものである。

弁慶さんに全て打ち明けてから、もう数日になる。あれから彼の態度が変わったかといえば、そうでもない。私と弁慶さんの関係は、どちらかというとマイナス方面に動いたと見て良いだろう。だって、あんなこと知ったら誰だって引くと思う。
けれど、戦いを終えるという点において言えば間違いなく前進である。隠しごとを打ち明け切った私も、なんだかんだで気が楽になったことは確かだった。

(さて、折角だから参拝させてもらって、それからどこか木陰で休もう)

望美ちゃんたちが、建物の中へ入っていくのを確認して私も移動を開始する。――と、前からやってきた男性が、気さくな笑みを浮かべて私を呼びとめた。


「こんにちは。お前さん、あいつの補佐をやってるって人だろう?」


突然の問いかけに、戸惑う。しかし彼が”あいつ”と示した後姿を確認してはっとした。弁慶さんである。この男性は、私が弁慶さんの補佐だと知って話しかけてきたらしい。


「もしかして――弁慶さんのお知り合いの方でしょうか?」

「ああ、そうだよ。あいつのことはガキの頃から良く知っているんだ。だが、顔を見たのは久しぶりでね。お前さん、良かったら少し話をしねえかい」


彼は、日に焼けた肌にがっしりとした身体付きをしていた。年の頃は、四十半ば程だろうか。その優しい笑みに、警戒心が揺らぐ。

――参拝客にも近づかない方が良いでしょう。

過ぎるのは、先程の弁慶さんの言葉である。ここでこの人に関わったら、怒られるだろうか。警戒心が足りないと思われるだろうか。でも、弁慶さんの知り合いらしい。…少し話をしてみたいと思うのはいけないことだろうか。
答えに迷う私の考えを見抜いたように、彼は優しく微笑んだ。


「ああ、警戒しているのかい。それなら、境内から出なきゃいい。他の人目もあるし、それなら安心だろう」


そこまで言われたら、断れない。ぎこちなく頷くと、彼は嬉しそうに口を開いた。



*



彼は、とても話上手だった。熊野の話、弁慶さんの話、どれもたわいの無い話題ではあったが、惹きこまれた。特に弁慶さんの話だ。旧知の中というのはやはり本当らしく、まだ幼い頃の彼を連想させる言葉に、勝手に新鮮さを感じたりときめいたりしてしまっている。
すっかり打ち解けてしまった後で、彼はふと私に問いかけた。


「で、君から見た弁慶はどんな男だ?あいつは、厳しいやつだ。部下としては大変なんじゃないかな」

「…厳しい、ことは確かですね」


苦笑いで返す。周囲からもそう見えているのかと。しかし、その限りではないと私は表情を緩めて続けた。


「でも、そんなに大変じゃないですよ。弁慶さんは本当に凄い人で、心から尊敬しています。色々お世話にもなっていて、大切な人です。だから私は、彼の役に立ちたいんです。そのためには何だって、できるって思える」


…初対面の人にこんなことを言っても、意味はないかもしれない。奇妙に思われるかもしれない。
それでも、言わずにはいられなかった。だって私は、弁慶さんが大切なのだ。その想いはもう誤魔化しようがないし、抑えられるものでもないから。


「そうかい。そりゃあ良かった」


しかし彼は、訝しがる様子もなく快活に笑った。何故かとても嬉しそうな表情だった。それから、ぽんと私の頭に手を乗せる。悪戯っぽく微笑み、囁いた。


「弁慶は素直じゃないからな。今後もぜひとも弟を頼むよ、あかりさん」

「え…私の、名前」


教えていない筈の名を呼ばれ、びっくりして改めて、彼を見上げる。それだけではない。今彼、とても重要なことを言っていなかっただろうか。
赤みがかり、癖のある柔らかな髪。どこか色っぽい視線。その表情が、見知った人物のものと重なって。


「――…!」


彼の正体に思い至った私が叫び声を上げるまで、それから数秒とかからなかった。



140727
つい弟の想い人を見に来ちゃった湛快さん。



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