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「それで。収穫はあったんだよな?」

「ええ、その節はありがとうございました。助かりましたよ、ヒノエ」

「それなら、良かった。折角協力してやったのに、進展なしって言われたら困るもんな」


満足顔で頷いたヒノエに、弁慶も僅かに表情を緩ませる。速玉神社のとある一画。すっかり日の落ちた頃、弁慶はヒノエと、もう一人の男と顔を合わせていた。
例の塗籠の一件は、ヒノエの口添えで実現したことだった。どうしてもあかりと二人きりになりたい――その望みを叶えてもらったのである。勿論それは、あかりを追い詰めて口を割らせるのが目的だった。見事その目的は果たされたわけだが、弁慶としては別の問題も発生していた。


「まさかお前がこれほどまでに、入れ込むとはな。余程のお嬢さんなんだろうぜ」


弁慶の表情に、内面を見透かしたような言葉を掛けたのはもう一人の男――湛快である。内密にではあるが、弁慶は熊野でこの兄への協力を取りつけるつもりでいたのだ。だが、予定は変更する必要があるだろう。あかりと望美に、裏切りの算段はすっかり見抜かれていたのだから。


「…あかりは、特別なことなど何もない、普通の子ですよ。それはもう、褒めどころを探す方が難しいほど、普通です」

「そんな顔をして良く言うな」


弁慶は笑いもせず、短く息を吐く。いつも冷静で、内面を見せようとしないこの男にしては、珍しいことだった。


「違うよ親父。弁慶は、そんなあかりだから惹かれたのさ」


弁慶はこのヒノエの発言には答えず、ただ空を仰いだ。そして誰にでもなく、呟く。


「困ったな。こんなつもりはなかったんですが…あんなことを言われてしまったら、どうしようもないではありませんか」


思い返す。彼女の話は、衝撃だった。
神子たる望美が経験してきた、様々な異なる時空での終わりの話。それだけでも、弁慶を動揺させるには十分なことだったのに。

(彼女は、別の時空でも僕を見ていた。罪と罰、そして死を共にしたらしい。――この殺伐とした世界へ、僕を救うために、来ただなんて)

それがどんなに重要なことか、きっと自分以外には理解されないだろう。


「あかりは、僕の、」


零れ落ちた言葉に、父と子は顔を見合わせる。からかう隙は、ありそうになかった。


140720



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