2 この速玉大社に限ったことではないが、熊野には弁慶さんの知り合いが何人もいる。今回もそういった伝手で話を付けたらしい。彼が一言二言声を掛けた後、私たちは境内の奥にある建物の中へと通された。 「薬箱に居れる薬草を選別したいんです。摘んできたものも、乾さなければいけません」 言われるがまま弁慶さんの後を、歩く。いかにも関係者以外立ち入り禁止といった雰囲気に、返事の声を出すことも躊躇われた。 「こちらです」 案内の神官に示され、ある部屋の前で足を止める。しかし中へ入ろうとして、感じた違和に立ち尽くした。 「弁慶さん、ここって――ッ」 急に、背後から回された腕。そのまま抱かれ、部屋に押し込まれる。視界を闇が覆う。――そして。 真っ暗闇に、飲み込まれた。 (閉じ込められた) 窓も何もない部屋だ。四方の壁は厚く土で塗り込められ、入口を塞がれてしまえば光は届かない。 パニックにならなかったのは、背後から回されたその腕が弁慶さんのものだったからだった。 「弁慶、さん?」 「怖いですか、あかり。震えていますね」 恐る恐る問いかけると、耳元で囁かれる。いつもの調子の彼に、少しだけほっとして身体の力を抜いた。 「そこで、動かずじっとしていて下さい。今明りを付けますから」 そろりと、彼は私から離れる。暗闇の中、弁慶さんが動く気配。そして突然、ぼんやりとした光でようやく視界が開けた。弁慶さんが、ひとつの燭台に灯りを点したのだった。 「ここ、塗籠ですよね…?なんで、こんなところに…しかも突然、閉めるなんて」 塗籠は壁に覆われた作りになっている部屋で、この時代には物置、寝室などに使用されている部屋だ。まさかこんな部屋で、薬草選別の作業をするわけにはいかないだろう。 私は無意識に、入口へと視線を移す。ぴったりと戸は閉められていた。それを見て、弁慶さんが静かに切り出した。 「無駄です、一刻は開きません。そういう指示ですから」 彼の物言いに、はっとして顔を向ける。 「ここならば、ゆっくり話ができる。君に――逃げられることなく、ね」 揺らめく蝋燭の灯りに照らされたぼんやりとした視界の中、弁慶さんはまっすぐ私を見つめていた。 140706 |