この速玉大社に限ったことではないが、熊野には弁慶さんの知り合いが何人もいる。今回もそういった伝手で話を付けたらしい。彼が一言二言声を掛けた後、私たちは境内の奥にある建物の中へと通された。


「薬箱に居れる薬草を選別したいんです。摘んできたものも、乾さなければいけません」


言われるがまま弁慶さんの後を、歩く。いかにも関係者以外立ち入り禁止といった雰囲気に、返事の声を出すことも躊躇われた。


「こちらです」


案内の神官に示され、ある部屋の前で足を止める。しかし中へ入ろうとして、感じた違和に立ち尽くした。


「弁慶さん、ここって――ッ」


急に、背後から回された腕。そのまま抱かれ、部屋に押し込まれる。視界を闇が覆う。――そして。

真っ暗闇に、飲み込まれた。

(閉じ込められた)

窓も何もない部屋だ。四方の壁は厚く土で塗り込められ、入口を塞がれてしまえば光は届かない。
パニックにならなかったのは、背後から回されたその腕が弁慶さんのものだったからだった。


「弁慶、さん?」

「怖いですか、あかり。震えていますね」


恐る恐る問いかけると、耳元で囁かれる。いつもの調子の彼に、少しだけほっとして身体の力を抜いた。


「そこで、動かずじっとしていて下さい。今明りを付けますから」


そろりと、彼は私から離れる。暗闇の中、弁慶さんが動く気配。そして突然、ぼんやりとした光でようやく視界が開けた。弁慶さんが、ひとつの燭台に灯りを点したのだった。


「ここ、塗籠ですよね…?なんで、こんなところに…しかも突然、閉めるなんて」


塗籠は壁に覆われた作りになっている部屋で、この時代には物置、寝室などに使用されている部屋だ。まさかこんな部屋で、薬草選別の作業をするわけにはいかないだろう。
私は無意識に、入口へと視線を移す。ぴったりと戸は閉められていた。それを見て、弁慶さんが静かに切り出した。


「無駄です、一刻は開きません。そういう指示ですから」


彼の物言いに、はっとして顔を向ける。


「ここならば、ゆっくり話ができる。君に――逃げられることなく、ね」


揺らめく蝋燭の灯りに照らされたぼんやりとした視界の中、弁慶さんはまっすぐ私を見つめていた。


140706



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