嬉しいと思う反面、酷く緊張もしている。

勝浦滞在の後、私たちは速玉大社へと辿り着いた。そこで私はしばしの休憩の間に、と弁慶さんに薬草詰みへと連れ出されていた。
弁慶さんと薬草を摘むのは、これが初めてではない。薬草のことなんてからっきしだった私も、何度かの手伝いで多少は見分けがつくようになってきた。黙々と作業するのも苦痛ではない。それに何より、弁慶さんと過ごせる時間は、私にとっては嬉しいものだ。

(だけど…なぁ)

今ばかりは、居心地が悪い。
森の中で弁慶さんと二人っきり。逃げ道の少なさが、余計に緊張感を誘った。嬉しいのに、居辛い。思い至る理由は、ひとつ。


「あの…弁慶さん、怒っていますか?」


沈黙に耐えきれず、声を上げたのは私の方である。弁慶さんは背を向けたまま、一瞬、手を止めた。しかしすぐに、淡々と問い返される。


「何をです?」

「私が、貴方の恋人だと言ったこと。――私、勝手に迷惑なことを言いました」

「迷惑もなにも、事実でしょう」

「でも、私たちは…」


その先は、言葉が続かなかった。私たちは恋人だ。それは事実。

(でも、愛し合っているわけじゃないから)

続けようと思った言葉は、喉に張り付いてどうしても出てこない。口にしてしまったら、崩れてしまいそうだった。本物の恋人じゃない。…でも、私は本気で、弁慶さんが好きだ。

(弁慶さんは、きっと、違うけれど)

ちらつくのは、望美ちゃんの語った話。本当に愛し合っていた別時空の私たち。でも、その二人と今の私と弁慶さんは違う。私たちは、仮初の恋人でしかないのだ。


「今日は随分、弱気なんですね。あの威勢は嘘みたいな、初心な態度だ」


弁慶さんは、私の言いたいことを察したようだった。静かに振り返り、不機嫌そうに言う。

(やっぱり、怒っている)

弁慶さんは、あの日からどこかよそよそしいのだ。理由はわからない。きっと何所か、彼の琴線に触れてしまったのだろう。これでは振り向かせるどころのではない。体温が、ぐっと下がるような気持ちになった。
弁慶さんは苦々しげに私を見やる。そして呟いた。


「君は、そうやって、いつも僕を――」


最後の言葉が聞き取れない。でも、聞き返す勇気もない。


「あかり。戻った後も、少し手伝って下さい」


思わず俯いた私に一言、弁慶さんはそう告げた。





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