「私は、弁慶さんの恋人なんです。熊野案内は、弁慶さんにしてもらいたいんです」


あかりの発言には、皆が目を丸くした。それは弁慶自身もそうだった。
真っ直ぐ向けられた視線。言ってから、自分の発言に恥ずかしくなったのかあかりの頬は真っ赤である。それでも、目は逸らさない。弁慶はその瞳を見返して、小さく息をのんだ。

(他の者ならば兎も角、まさか自分があかりの発言に動揺させられるなんて――)

しかし、すぐにその思考を訂正する。きっと弁慶が、一番驚いていた。冷静を装いきれない程に。彼女にも気付かれたと自覚できる程に。

だが、それ程驚きだったのだ。
あかりのことは、もうすっかり知り尽くしたつもりでいた。彼女はとてもわかりやすく、御しやすい人だと。だからその彼女が、あんなに大胆なことを言う筈がないと思っていた。

(いや…そんなことはないか…今に限ったことではなく、あかりはいつも僕の予想を裏切る)

脳裏に蘇る、これまでのあかりの言動。
始めから――あの宇治川で出会ってから、あかりは弁慶にとって興味深い存在だった。彼女は決して、特別ではない。今行動している、いわゆる神子一行の中では最も普通だ。どこにでもいるような、少女でしかない。

それなのについ目で追ってしまうのは、あかりが神子という特別な存在の間近にいながらも、決して自分を見失わないからだ。あかりは、自身のことをよく理解している。能力や立場、出来ることとできないこと、その価値。それを最大限、生かせるような立ち振る舞いをしようとしている。その努力をしている。そのことには素直に、好感が持てた。

だけど同時に、それは弁慶の捻くれた性格を刺激した。自身の価値の低さを分かりながらも、彼女は向上心を捨てない。神子という圧倒的な存在に、同じ土俵に立てるわけもない。わかっていながら、彼女は彼女ならに前へ進もうとする。その姿は痛々しく映った。酷く加虐心を煽られた。
――そしていつしか、羨望の対象になっていた。それほどまでに、確証もない先を信じられるあかりの心持ちを、羨ましく思うように。


好意と、羨みと、それに伴う複雑な心境。全てが織り混ざって、どうしようもなくなって。
気持ちが抑えきれなくなった末の、今の関係がある。






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