だが、そんなことも言っていられず。日にちはあっという間に過ぎ。――とうとう、熊野へ来てしまった。


「あかりちゃん、熊野は楽しみじゃないのかい?」


景時さんは熊野に入ったあたりで私の顔を覗き込み、心配そうに言った。緊張のあまり、気付いたら道中無言になっていたらしい。もしかしたら、顔色も悪かったのかもしれない。
弁慶さんは私たちよりも少し前を、九郎さんと話しながら歩いていた。


「ええと…ちょっと緊張してしまって」


苦笑いをしながら素直に言えば、景時さんもやや顔を強張らせた。


「ああ、熊野水軍は中々厄介だからね。でも出来ないというのも、頼朝様は許されないだろうから…」


景時さんは軽いように見えて、八葉の中では弁慶さんと肩を並べる切れ者だと思う。彼は、九郎さんよりも頼朝殿の方に近い。…九郎さんの立場、鎌倉殿の思惑にも恐らく敏感に察しているのだろう。今回の熊野参詣の件にも、色々思うところがありそうだ。
でも横から朔ちゃんが、景時さんの言葉をばっさりと切り捨てる。


「違うわ兄上。熊野は弁慶さんの故郷よ、恋人としてはそっちの方が重要じゃない。ね、あかり」

「あはは………はい」


朔ちゃんの察しの良さは、景時さんを上回るらしい。事実、私は九郎さんの立場や熊野水軍のことはあまり心配していない。私のとって現在深刻な問題といえば、私と、私の大事な人の運命を切り開くことである。熊野はそのキーとなる場所だと、私も望美ちゃんも思っていた。
朔ちゃんはその辺りの事情は知らない筈であるが、しかし的確に痛いところを突く。


「そうよ、折角なんだから弁慶殿に熊野を案内していただいたらどうかしら。ねぇ、敦盛殿もそう思うでしょう?」


私の後ろを歩いていた敦盛さんは、突然話を振られたことに驚きつつも頷く。


「そうだと思う。あかり殿を弁慶はよく気にかけているから」

「それなら決まりね!」

「でも、遊びに行くんじゃないですし…」


確かに弁慶さんとの時間は欲しい。だけど、そう上手くいくのかと不安だった。すると、先頭に居た筈の望美ちゃんがいつの間にかやってきて、親指を立てる。


「大丈夫。私がうまく取りはからうから!」


彼女に言われてしまえば、どうしようもない。私は笑って答えようとしたが、どうしても頬が引きつった。





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