熊野行きの話題が出た時、私は思わず、震えた。その動揺が隣に座る弁慶さんに伝わっていないか、心配だった。
望美ちゃんも同じように思ったのか、目が合う。私たちはお互いの瞳に決意の色を確認し合うとどちらともなく視線を逸らした。


熊野には、源頼朝の命で行くのだ。目的は、熊野水軍を味方につけること。これには私も知識として覚えがあった。水軍を持つ平家を相手にするのなら、源氏も水軍を味方につけなければならないということである。
頼朝さんの命令であれば、断る理由などない。九郎さんも張り切っていた。だから、私なんかが口を出す隙など少しだってないというのに。


「あかりはどう思いますか。熊野行きのことを」


尋ねてきたのは、弁慶さんだ。
熊野へ出発する直前のことである。もう決定事項であったし、今更正否を論じるような時期ではない。それに、弁慶さんが私に意見を求めるなどそうそうあることではなかった。だから私は驚いたのだ。

それでも、頭を回らせてなんとか答える。


「まぁ…源氏に水軍が必要なのは確かでしょうし。現時点での第三勢力である熊野の動向を見ることは、良いのではないでしょうか」

「相変わらず、要点はきちんと押さえられていますね」

「でも」


弁慶さんの言葉を終わりまで待たずに、すぐに言葉を重ねる。
義経の熊野参詣…この流れに、心では僅かな不安が燻っていた。弁慶さんに尋ねられるまでもなく、私は熊野へ行くことについてはよく考えていたのだ。


「熊野に行くこと自体は良い。でも…九郎さんは頼朝さんのことを、本当に理解しきれているのでしょうか」


だが、口にしてから震えた。こんなこと、九郎さんの腹心たる弁慶さんに言うべきことではない。まるで、私が九郎さんを信じてないみたいではないか。
弁慶さんは、視線を鋭くした。





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