魅力的なひと


「最近、あかりちゃん可愛らしくなったよねー。弁慶もそう思うでしょ?」


今から思えば、景時のその言葉が発端だったのかもしれない。

春の京で恋人関係になったあかりとは、あれから特に進展はない。恋人という名目はそのままだけれど、だからといってそれらしいことをすることはなかった。

ただ、彼女はよく働いた。八葉でもなく、神子でもない、異世界からの尋ね人。そんな不安定な存在であるにも関わらず、あかりは弱音ひとつ吐くことなく、着実に自分の立ち位置を確立しつつある。当初はただの雑用係として見られていた節のある彼女は、いつしか周囲からも弁慶の有能な補佐として認知されつつあった。
なにより努力家の彼女は、恋人としてはともかく、部下としては最高の人材だったのだ。

(恋人として…か)

彼女に惹かれて恋人関係を持ちかけたのは、弁慶だ。あかりが自分に好意を持っていることには、気付いていた。でもそれ以上に自分があかりに惹かれていた。それが恋なのかはわからないが、誰にも渡したくない、自分に縛り付けておきたいという気持ちが抑えきれなかったのである。

しかし、あかり自身に女性的な魅力を感じるかといえば、正直首を捻ってしまう。だから景時の言葉に、弁慶は答えられなかったのだ。

そんな経緯などしらない当のあかりは、こちらの姿を認めると嬉しそうに駆け寄ってきた。


「弁慶さん!」

「あかり。頼んでいた仕事は終わりましたか」

「はい、順調に済みました」


三草山の夜戦は、あかりにとっては初陣のようなものだった。宇治川合戦にも参加はしていたが、まだこちらの世界へ来たばかりの彼女には雑用で精一杯だったのだ。
あかりの軍師補佐としての能力が明らかになったのも、三草山でだ。まだ頼りなげな少女の外見に違わず、あかりは冷静に判断を下していった。それは弁慶を、大いに満足させるものだった。

と、あかりの視線に眉を上げる。


「…どうしたのです、人の顔を見て」

「い、いえ…」


指摘され、あかりはぱっと頬を染める。何故か狼狽える彼女を咎めるように見つめれば、観念したようにぼそぼそと呟いた。


「最近弁慶さんと話す時間、あんまりとれないから…こうして、少しでも近くに居れるのは嬉しいなぁ、って」

「……」


あかりは弁慶に、惚れている。それは先程言った通りだったが――…このように直球な物言い、ほとんどされたことはない。

(神子や朔殿に妙な影響を受けた、とか)

疑う。今に限った話ではない。最近はどこか、彼女は弁慶に純粋な好意を示してくるのだ。これが他の女であれば適当にあしらって済むのだが、相手はあかりだ。今まで散々厳しくあたってきたこともあり、やりにくいのだ。


「まったく、貴女は仕方のない人だ」


呟いて、あかりの頬に手を触れる。
嫌、ではない。あかりに好意を向けられるのは。むしろ、心地良い。乾いた心が満たされるような気すらした。

(目が離せなくなる。どんどん、魅せられていく)

まるで甘美な毒のように、あかりの存在は弁慶の心の内側に入っていく。


――最近、あかりちゃん可愛らしくなったよねー。弁慶もそう思うでしょ?


景時の言葉が耳に蘇り、苛立たしげにあかりを抱き寄せた。



140418

「ちょ…ええっべ、弁慶さんなんでしょうか?!!」
「煩いですね、静かに抱かれていなさい。貴方、僕の恋人でしょう?」
「……!」




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