10


「でも、気合いを入れたところでやることは変わらないんだけどね…」


私に望美ちゃんのような、運命を変える行動ができるとは思えない。私のできること、やることはたったひとつだ。

――弁慶さんを振り向かせる。

ただそれだけの、単純なこと。「手に入れてみろ」とばかりに私を挑発する彼を、参ったと言わせてみせる。私は彼と一緒に、幸せになりたい。どうしようもなく、彼が好きなのだ。

(私はそのために、今ここに居るのかもしれない)


…不意に、今朝見た夢を思い出した。
濁流に飲まれる夢。誰かの手が私を掴む。そして。


――お願い、弁慶さんを助けて!


「ああ、そうか」


口からするりと納得の声が出た。自分の呟きに、再度私は頷く。ああ、ようやく合点がいった。


――あかりの手を、離してしまって…。


覚えていない筈の”始まり”。私はずっと、どうして自分がこの世界に来たのか思い出せずにいた。でも、合点がいったと同時にある情景が、脳裏に浮かんだのだ。


…あの日、雨が降っていた。
…同級生が校庭でうずくまっているのを見つけ、心配になって駆け寄ったのだ。
…手を掴まれ、彼女の強い瞳に魅せられた。



「私、弁慶さんの為にこの世界へ、来たんだ」


その言葉はすとんと、心に響き落ち着く。ようやく、探していたものが見つかった。そんな気持ちだった。

望美ちゃんが私を呼んだ。でも手を離してしまったから、はぐれて私は宇治川合戦に迷い込んだのだ。私と望美ちゃんが友達になったのはその後のことだから、時間軸はずれているけれど、それも望美ちゃんの時空跳躍が成せる業なのだろうと思う。記憶は、濁流で抜けてしまったのだろう。


「これは、運命って言っていいのかな」


私が弁慶さんに恋をした。私は弁慶さんの為に心中した。望美ちゃんが私と弁慶さんを救うために時空を越えた。その先で、私は望美ちゃんにこの世界へと呼ばれた。…そしてまた、弁慶さんに恋をする。
永遠に解けないループのように思えるこの循環の中で、一体、私と弁慶さんの関係の始まりがどこなのかは、分からない。でもこの彼への想いだけは、真実だ。少なくとも、この想いこそが私がこの世界へ呼びよせた。そう思っていいのではないか。


「改めて考えると照れちゃうし、本当に弁慶さんが振り向いてくれるか、自信はないんだけどなぁ」


呟いて、私は立ちあがる。
早く行かなければ、朝食を食べ損ねる。仕事中に腹を鳴らしたりしたら、きっと弁慶さんは冷ややかに睨みつけてくるのだろう。その視線を想像し、肩をすくめた。争いごとは、少ない方が良い。だって一日は、まだこれから始まるのだから。

私は身だしなみを整えると、足早に弁慶さんのもとへと向かう。
なんだか、今朝は早く彼に会いたかった。






――瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の
われても末に あはむとぞ思ふ






どんな運命が貴方の幸せを阻んだとしても、私はきっと、貴方を救ってみせる。


140331



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