(あぁ…驚いた……)


私は、鼓動を抑えるように胸に手を当てる。
望美ちゃんの手前、取り乱すような真似はしなかったけれども、あまりの展開に内心かなり混乱していた。そして、それでもすぐに納得に至った自分に呆れもした。

私は適応力が高いのだと思う。どんなとんでもないことも、そうだと言われたら受け入れてしまうのだ。有り得ないなんてことは、ない。ここへ来る前ならともかく、一度時空を越えてしまった後では、時間を遡る力くらい信じてしまう。
最初にこの世界に来た時も、不安より興味の方が先立った。柔軟性があるというより、単に危機感が薄いだけかもしれない。もちろん多少の不安もあったが、望美ちゃんたちが来てからは、すぐ帰りたいとは思わなくなった。とにかくこの世界で自分にどれだけのことができるか、試すのに必死だったのだ。

そして、そうこうしているうちに弁慶さんに惹かれてしまった。もう今では、帰るどころの話ではない。

(そう、確かに私は――弁慶さんに恋慕を抱いている)

先程見た、神子軍記を思い返す。
あの日記からは、本当に”私”が弁慶さんを愛していた様子が覗えた。それも、狂信的といえる程に。彼と死んでもいいと、本気で日記の書き手は綴っていたのだ。

事実、望美ちゃんの話によると私は弁慶さんと心中したのだ。

(…でも私は今、彼とだとしても死にたいとは思えない)

弁慶さんは大好きだ。離れたくない。彼の隣に居たい。でも、死ぬのは嫌だ。彼が死ぬのも、嫌。その点が、あの神子軍記との相違だった。

とはいえ、私が今後そうならない保証はない。ざっとしか読んではいないが、神子軍記の私も最初から心中したがっていたわけではないのだ。

(きっと、どこかで転機があったんだ)

恐らく、熊野だと思う。
この後、私たちは熊野へ行くことになるらしい。それは私の歴史知識とも合致する。義経は屋島攻め前に、熊野水軍を手に入れる必要があるからである。

望美ちゃん曰く、途中から弁慶さんの私への態度が変わったらしい。より恋人らしくなったのだという。

――私がそれを奇妙に思うのは、弁慶さんとの関係は私と弁慶さんしか知らないからだ。恋人ごっこだと、私の片思いだと、他の誰も知らないからだ。今のこの状況から、単に打ち解けたというだけで本当の恋人同士になるとは思えない。

(熊野でのなんらかの出来事が、私たちをおかしな方向へ歪ませたんじゃないかな)

あの弁慶さんが私に執着し、私が命を諦める程の変化があった筈。ならば、正すならばここである。

熊野――弁慶さんの故郷。

そこで起こる何らかの出来事で、私たちが心中するような道を選ばなければ良いのだ。それが私の、勝負どころなのだと思う。




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