9 (あぁ…驚いた……) 私は、鼓動を抑えるように胸に手を当てる。 望美ちゃんの手前、取り乱すような真似はしなかったけれども、あまりの展開に内心かなり混乱していた。そして、それでもすぐに納得に至った自分に呆れもした。 私は適応力が高いのだと思う。どんなとんでもないことも、そうだと言われたら受け入れてしまうのだ。有り得ないなんてことは、ない。ここへ来る前ならともかく、一度時空を越えてしまった後では、時間を遡る力くらい信じてしまう。 最初にこの世界に来た時も、不安より興味の方が先立った。柔軟性があるというより、単に危機感が薄いだけかもしれない。もちろん多少の不安もあったが、望美ちゃんたちが来てからは、すぐ帰りたいとは思わなくなった。とにかくこの世界で自分にどれだけのことができるか、試すのに必死だったのだ。 そして、そうこうしているうちに弁慶さんに惹かれてしまった。もう今では、帰るどころの話ではない。 (そう、確かに私は――弁慶さんに恋慕を抱いている) 先程見た、神子軍記を思い返す。 あの日記からは、本当に”私”が弁慶さんを愛していた様子が覗えた。それも、狂信的といえる程に。彼と死んでもいいと、本気で日記の書き手は綴っていたのだ。 事実、望美ちゃんの話によると私は弁慶さんと心中したのだ。 (…でも私は今、彼とだとしても死にたいとは思えない) 弁慶さんは大好きだ。離れたくない。彼の隣に居たい。でも、死ぬのは嫌だ。彼が死ぬのも、嫌。その点が、あの神子軍記との相違だった。 とはいえ、私が今後そうならない保証はない。ざっとしか読んではいないが、神子軍記の私も最初から心中したがっていたわけではないのだ。 (きっと、どこかで転機があったんだ) 恐らく、熊野だと思う。 この後、私たちは熊野へ行くことになるらしい。それは私の歴史知識とも合致する。義経は屋島攻め前に、熊野水軍を手に入れる必要があるからである。 望美ちゃん曰く、途中から弁慶さんの私への態度が変わったらしい。より恋人らしくなったのだという。 ――私がそれを奇妙に思うのは、弁慶さんとの関係は私と弁慶さんしか知らないからだ。恋人ごっこだと、私の片思いだと、他の誰も知らないからだ。今のこの状況から、単に打ち解けたというだけで本当の恋人同士になるとは思えない。 (熊野でのなんらかの出来事が、私たちをおかしな方向へ歪ませたんじゃないかな) あの弁慶さんが私に執着し、私が命を諦める程の変化があった筈。ならば、正すならばここである。 熊野――弁慶さんの故郷。 そこで起こる何らかの出来事で、私たちが心中するような道を選ばなければ良いのだ。それが私の、勝負どころなのだと思う。 |