ようこそ、この穢れなき世界へ




人生において、人は誰でも一度は大きな分かれ道に遭遇する。私にとってのそれが、これだったというだけ。よく考えなければならない。私の一生を左右する選択だ。しかし時間がないのも事実だった。そして、私に選択の余地がないことも。


「…助手、やります」


暫くの沈黙の後に私が宣言すると、白蘭さんは「よく決意したね」と拍手した。よく言う。私が断ったら、きっと殺すかどうにかして、確実に元の生活には戻してくれなかったでしょうに。
私たちから少し離れた椅子に座っていたスパナさんも私と同じように思ったのか、呆れた顔をした。

白蘭さんは私の決意を褒めたが、実は決意とかそんな立派なものじゃない。進む道は初めからひとつしかなかったのだ。だからどんなに悩んでも、私には助手を引き受ける他なかった。断ったら殺されるかもしれないという脅し半分な勧誘にびびったのもあるけれど、それ以上に、私がロボット展に行ったあの日に定められた運命だと思えてしかたがなかったし、断る理由もなかった。
マフィアという裏社会に入る覚悟を決めるのは、確かに勇気が必要だったが。


「良かった〜。断られたらどうしようかと思ったよ」

「…私が断ったら、殺そうとか考えてたんじゃないんですか?」

「よくわかったね。でも君は殺すならさ、」


白蘭さんは笑いながら、ひんやりとした視線を送った。


「僕のオモチャにしたかったかな」


軽く、「ケーキ食べたいな」レベルの軽さでとんでもない台詞を返された。ぞくりと鳥肌が立つ。怖い。マフィアのボスだけあって、白蘭さんは相変わらず何を考えているかわからない。


「あの、私って家族から姿をくらませたりは、」

「マフィアになったから?
安心してよ。うちはそういうのないから。マフィアって言っても、住み込みの仕事だと思えばいい。情報を漏らしさえしなければ家にも帰れるよ」


確かに、よく考えれば姿をくらませたりしたらそっちの方が目立ってしまう。

(――もし断っていたら、そうなったかもしれないけれど)

オモチャ、と言った白蘭さんを思い出して肝が冷えた。


「他に何か質問があったら、スパナ君に聞くといい」


そう言い残して当の白蘭さんは、部屋を出て行ってしまった。さっきもお茶を汲むために1時間程帰ってこなかったから、多分もうここへはこないつもりだろう。
(まぁ、そのお陰で泣き顔を見られずに済んだのだが)(スパナさんには迷惑をかけてしまったな。でも、白蘭さんに泣き顔を見られるより全然いい。絶対なんかされる)


「あ、そうそう」


ほっとしたのも束の間、白蘭さんがひょっこりドアの隙間から顔をだした。


「君の階級や仕事については、イタリアについてから教えるからね」

「はぁ……って、イタリア!?」

「あれ、言わなかったっけ?僕は明日イタリア本部に帰るから、君とスパナ君にも一緒に来てもらうよ。すぐに日本支部に移ってもらうと思うけどね。そういうわけで、家に帰って適当に荷物詰めておいで、助手子チャン」


笑い声だけ残して、今度こそ行ってしまった白蘭さん。残された私は急な展開に口が開いたまま。
は、と我に返りスパナさんに目を向けると、彼は非常に迷惑そうな顔で頭を掻いていた。


「あの、イタリアって、本当に?」

「まぁ…旅行だと思えばいい」


イタリア行き、決定です。



081116



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