想う以上に君を愛していたいの



寝返りを打とうとして、身動きが取れないことに気付く。ゆるゆると重い瞼を上げると、視界は深緑色に染まった。
見覚えのある緑だ。とても好印象が持てる。夢から覚めたばかりのぼんやりとした頭で理解できたことはそれが限界で、何故身体を動かせないのかもわからないまま。
しかし全ての疑問は、唯一自由が効く首を上方向に動かした時に、解けた。

(え、えええちょっと…!)

綺麗な顔の男の寝顔。間近で見ると、日本人の自分との差を改めて感じさせられる――なんて、今はどうでもいい。数センチも無い彼との距離を認識したその瞬間、ばっちり目が覚めた。隣で寝ていた、なんてものじゃない。背中と腰に回された腕、絡められた脚。彼の胸板に頭を沿わせている形の私には、彼の息づかいや鼓動がありありと感じ取れる。

あまりに吃驚したために、硬直したままどうしようかと考えを巡らせていると、スパナが私を抱いたまま身じろいだ。そして髪の毛と同じ、金色のまつ毛に縁取られている瞳が、ぱちりと瞬く。


「おはよう」

「お、おはよう…」


甘ったるい笑みを浮かべた彼に、なんだか恥ずかしくなって目を反らす。スパナは余裕な表情で、更に腰を引きよせられた。


「どうしたの。顔真っ赤だ」

「あ、あの。ちょっと、スパナが目の前にいて吃驚した」


素直に言えば、スパナはくつくつと笑って私の髪を梳いた。普段、工具や機器を丁寧に扱っている手が、指が今は私に触れているのだと思うとそれだけでどきどきした。私の鼓動も聞こえてしまうのではないか、と慌てて言葉を紡ぐ。


「昨日、作業終わってそのまま…寝ちゃったんだよね?」


これまでにも度々、あったことである。情けないことに、スパナほど体力が無い私は、三日連続徹夜の後などには決まって気付かないうちに意識が飛ぶ。スパナは度々毛布を掛けたりしてくれたから、今回もそうだったのだろうと途切れた記憶から察する。一緒に寝床に引きずり込まれて、抱き枕にされていたことは初めてだけれど。
ただ、体勢が体勢だった為にちょっぴり不安になったのだ。途切れた記憶の中で、何か起きていたらどうしよう、と。


「何もなかったよ。安心した?」

「え、あの、」

「ウチはちょっと残念かな」

「ス、スパナ…!」


見透かされていたような彼の言葉に、返す言葉もない。スパナはそんなことしないとわかっていたけれど、今朝の彼は寝起きだからか、普段より十割増しの色気にこっちは動揺されまくりだ。それにしても、残念って。確かにスパナと私はもう恋人同士なんだし(まだ慣れなくてこそばゆい名称だ)、そういう展開になってもおかしくはないんだけれど。ストイックなイメージのスパナがそんなこというなんて、と私ばかりが緊張しているみたいでなんだか悔しい。

結局まだ解放してくれる様子の無い彼に、私は諦めて大人しく抱きしめられた。起床時間まではまだあるが、もう眠れそうになくてじっとスパナを見上げれば、スパナも私を見つめ返した。そんな些細な瞬間がとても愛おしくて、幸せで、失いたくないと思ってつい、不安をそのまま囁いた。


「戦い、はじまるね」

「うん。怖くない?」

「…本当は少し、怖い」


白蘭さんの手前、昨日は少し見栄を張ってしまったけれど。スパナと一緒に居る為ならもう躊躇わないと決めた、それは勿論嘘ではない。でも戦うことに不安と恐怖は拭えない。


「大丈夫、ウチが守るって言った」


スパナの言葉に嘘は無いだろう。きっと守ってくれる。疑う余地などはない。でも、だからこそ心配なこともある。


「でもね。優先順位は間違えちゃ駄目だよ」


それ以上、彼が何も言わないように釘を差すように続けた。


「私もしっかり、するんだから」


例えば。私が危険に晒された時、私を助けたが故に任務に失敗するとか。または彼自身が怪我を負ったり、最悪命を落とすとか。そんな事だけは絶対に起こしてほしくないのだ。


「昨日の事、聞いていい?」


スパナは私の言葉に反論するでもなく、尋ねる。昨日の事、というのは正ちゃんと白蘭さんに呼び出されたことだ。


「戦いを教えてくれるように頼んだの」


あの後、正ちゃんに無理を言って訓練の約束を取り付けてもらった。といっても、正ちゃん本人に教えてもらうわけでは無い。ファミリーには隊員用の訓練プログラムがあって、そこに紹介してもらえるように頼んだのだ。


「私、強くなりたい。スパナに安心して背中、任せてもらえるようになりたい」


するとスパナは、困ったように眉尻を下げた。


「…助手子、頑張り屋さんだから、ウチより強くなっちゃうかも」

「それはないよ」

「うん、させない」


少しだけ拗ねた口調できっぱりとスパナは断言する。そして、


「だって、それじゃあ彼氏として色々困るだろ」


ちゅ、と額に落とされた唇。不意打ちの攻撃に、唖然。きっと顔が赤い、だなんて確かめるまでもなく熱が顔に集まる。
どんなに強くなれても、彼には敵いそうにないと思わされた。


110406



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