ねえ 完成するまで待ってて



ミルフィオーレに入ったばかりの頃、私にはブラックスペルとホワイトスペルの間に横たわる確執、敵対意識についてよく理解が出来なかった。元々は違うファミリーであるとはいえ、今は合併し、同じ目的の元に戦う仲間。いがみ合ってどうするんだろうと、思わずにいられなかったのだ。けれども今、私は自分の認識の甘さを痛感している。

メローネ基地指令室。正ちゃんの直轄地であるここには、勿論、白い制服の隊員しかいない。私はいつもの作業着だったが、周りからの視線が痛いのは私がブラックスペルだからだろう。何故ここにブラックスペル、しかもF級がいるのだと彼らの表情が雄弁に物語っていた。

だが、不可抗力だ。私は、急に呼び出されたのである。このホワイトスペルの巣窟に、一人で来るようにと。そして私を待ち受けていたのは、正ちゃんと――白蘭さんだった。ミルフィオーレのツートップであり、共にホワイトスペルである二人を前にして思わず身体を強張らせる。


「…お久しぶりです、白蘭さん。日本に来ていたんですね」


白蘭さんに会うのは、イタリアを出て以来。彼が来日しているだなんて知らなかった。ボスである彼がこの日本支部にわざわざ来ることなんて、滅多にない。何故こちらにきたのかは分からないけれど、きっとまた良からぬことを考えているのだろう。


「助手子チャン、スパナくんとくっ付いたんだって?」


警戒する私に、白蘭さんは軽い口調で問いかける。
一体、どこから聞いたのか。正ちゃんにも言っていないし、知っているのはアフェランドラ隊くらいだ。けれど、狭い基地内でのこと。情報網の多そうな白蘭さんが知っていても別段可笑しな話ではないだろう。そもそも公表こそしていないが、特に隠しているわけではない。少し気恥ずかしいだけなのだ。

でもこの時とっさに反応が出来なかったのは、決して照れたからではなかった。


「あれ程忠告したのに。物好きだよね」


愉快気な笑い声に反し、その薄く開いた目の奥は酷く冷たい光を放っていた。嘲笑うような侮蔑の色を含んだ白蘭さんの表情に、自然と血の気が引く。
スパナと私が親しくすることに、これまでも白蘭さんは何かと苦言を呈してきた。私たちを翻弄させるような情報をちらつかせ、仲を引き裂くかのような真似をされたことも少なくない。

(白蘭さんは…何を考えているのだろう)

今までは私たちの混乱する様を、ただ楽しんでいるだけかと思っていた。けれどそれにしては、手が込みすぎではないだろうか。もし邪魔なのであれば、彼の力で私を切り捨てることは簡単だろう。しかし、白蘭さんは私を動揺させるだけで自ら手は下さない。…目的は?何がしたい?それが、わからない。わからないから、怖い。
彼の得体の知れなさに、前から苦手意識は感じていた。けれど恐怖を感じたのは、初めてだった。


「その辺で、からかうのは止してあげてください」


反応できない。否、身動きがとれない。硬直した私に、遂に見かねた正ちゃんが口をはさんだ。白蘭さんは、面白くなさそうな顔をする。


「なに、同郷のよしみってヤツ?」

「白蘭サンがくだらないことばかり言うからですよ…」

「でもさ、助手子チャンには教えとかなきゃ。いくら正チャンと仲良くても、いつまでも庇ってはもらえないってね」


白蘭さんは私の顔を覗き込んで、笑う。


「そろそろ、日本支部も落ち着いてきたし正チャンがいなくても大丈夫でしょ」

「…え、」

「どうしたの?頼りの正チャンも、アフェランドラ隊も居なくなっちゃって、ここに残るって決めたの後悔しちゃったかな」


白蘭さんの言葉は、正ちゃんのイタリア移籍をほのめかしていた。あまりに突然の情報。つい漏れた言葉に、白蘭さんは唇を三日月に歪めた。


「君は甘いよ。逃げてればよかったのに、馬鹿だね」


鋭い囁きが、私の弱さを抉るように紡がれる。


「あ、でも。優しい彼氏が助けてくれるのかな」

「…甘くて馬鹿なのは承知です」


やっと絞り出した言葉は、弱々しいものだった。


「このまま皆さんに守ってもらおうとは思っていません。勿論、スパナにも」


白蘭さんは、怖い。でも言われっぱなしで引きさがるほど、私は物わかりが良くないのだ。精一杯の気力で、白蘭さんを睨みつけて言い返す。


「スパナも、マフィアの男です。いざとなったら仕事を優先してくれる」

「さて、どうかな」

「今は無理でも、そうしてくれるようにします。自分の身は自分で守りたい。だから"入江さん"、ひとつお願いしてもいいですか」


私は白蘭さんから目を逸らすと、正ちゃんに向き直る。
彼を入江さんと呼んだのは、けじめのつもりだった。今目の前に居るのは、近所のお兄さんである"正ちゃん"ではなく、"入江隊長"だ。私自身、イタリアンマフィアの技術者の助手としてここにいるのだ。


「私に戦い方を、学ぶ術を教えてください」


ひゅう、と白蘭さんが感心したように口笛を吹く。正ちゃんは驚いた顔をして慌てた様に聞き返したけれど、考えを改めるつもりはない。ずっと考えていたことだった。

助手であるということは、つまり彼のパートナーだということ。ただ手伝いをしていればいいのではない。彼と意思を共有し、時には別行動で仕事をこなさなければならないのだと、思う。そして、その為には自分の身くらい守れなければ話にならない。
確かに元は一般人で、私は何も知らない被害者であった。でも今は、立派なマフィアの一員。スパナは否定してくれるけれど…もう私は、何も知らないままの少女ではいられないのだ。


スパナを愛してるから。
重荷にだけは、なりたくないから。


110403



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