それは恋だと教えられ、


アフェランドラ隊の皆さんからの、突き刺さるような視線に思わず身じろぐ。けれどスパナは物ともせず、私を背後から抱きかかえたまま言い放った。


「そういうことで助手子はウチのだから、手を出さないでね」


淡々と、あくまで冷静なスパナの言葉に比例して、私の頬は沸騰したかのように一気に熱を持った。スパナは呑気に「助手子、茹で蛸みたい」と私をつついてくるが、反応を返す余裕などない。誰のせいだと思っているのだ。恥ずかしくて、穴にでも入りたい。
そうこうしているうちに、ぽかんと口を開けて呆けていた皆は徐々に正気を取り戻してきたようだ。はっと我に返り、こそこそと囁き合う。


「遂に助手子ちゃんとスパナがくっ付いた…!」

「短いようで長かった」

「やっとだよな。もう結婚してんじゃねぇかって雰囲気だったからな〜」


そこかしこから聞こえてくる言葉に、私は否定もできず赤面して俯く。どうやら、自分はかなり鈍いらしい。皆にそう思われていることに、ちっとも気付かなかったのだから。それどころか、自分の気持ちにすら気付かなかったのだ。
苦笑いを浮かべるしかない私に、γさんはからりと笑う。


「いつかそうなるとは思っていたが、随分展開が急だな。驚かせてくれるぜ」

「すいません…」

「謝ることはねぇよ。お熱いのは結構なことだ」


言って、にやりと唇を歪めた。そして「例の作戦がうまくいったんじゃねえのか?」と目配せしてくる。例の作戦とは、少し前にスパナの様子がおかしいと相談した時のこと。つまり、スキンシップが足りない云々というアドバイスである。今から思えば、あれはいつまでもじれったい私たちに少しでも互いを意識させようという魂胆だったのだろう。と、思い返すだけでも恥ずかしくてどうしようもない。完全に、γさんにからかわれているとしか思えなかった。


「オイラ、スパナがそんな積極的だとは思わなかった〜」

「助手子が可愛いから、自然とそうなるだけだ」

「お、言ってくれるじゃねーか!じゃあ祝杯でも上げるか!?」


どこからか、大量の酒瓶を抱えて来た太猿さんがスパナの肩を叩く。そのまま野猿くんに手を引かれ、スパナは部屋の中心へと誘われていく。


「遠慮せずどんどん飲めよ?俺たちの送別会も兼ねさせてもらうからな!」


次々と出てくる酒やつまみはどうやら、今週で日本を経つ彼らが宴会を催すために前から用意していたものらしい。途端に室内は騒がしくなった。





「無理、してるわけじゃねぇよな?」


スパナから解放された私は、こっそりと耳打ちされた。スパナは太猿さんたちに囲まれ、それに気づかない。振り返ると、いつになく真剣なまなざしをしたγさんが私を見つめていた。


「スパナの熱意に押されて、つい、頷いてしまったわけじゃねぇだろうな。それなら今からでも――」

「違います」


すぐに、γさんの言わんとしていることに気づいた。とっさに彼の言葉を遮る。


「違う、私はちゃんと自分の意志で頷きました」


その質問は、本来なら失礼だと感じずにいられないものである。けれども、γさんが疑う気持ちはわからなくない。実際、私はスパナに対して恋愛感情を持っていると、自覚していたわけではないのだから。
私はスパナに告白されて、すぐに頷いてしまった。じっくりと考えたわけではなかった。もしかしたら勢いに流されて、自分も彼が好きだと思い込んでしまったのかもしれないと――私自身、少し疑った部分もあった。けれど。


「私は、スパナが好き。ずっと…本当は好きだったんです。でも、それに気づくことができずに、ここまで来てしまった」


長く、名前を付けることができなかった感情。特別に感じる彼との距離。そしてこの執着の意味は、スパナに想いを告げられて初めて理解できた気がする。


「何を犠牲にしても、スパナの隣に居たいと思う。どうしても、スパナじゃないと駄目なんです。その為には、マフィアの道を――裏社会を生きていこうって思える。その気持ちに偽りはない、です」


欲しいのは彼の隣にいる権利、それだけだ。言い切れる程に、もう私の意思は固い。そして、これは決して私の独りよがりではないのだ。彼も同じように想ってくれている。その事実に、どうしようもなく幸せに感じていた。


「だから、大丈夫。心配してくれて、ありがとう」


先行きは、明るいものではない。ミルフィオーレは戦争を始めるし、スパナも戦闘に引き出されるかもしれない。いつ死ぬとも知れない。でも、不思議と心は晴れやかだ。
その気持ちのまま真っ直ぐにγさんに目を向けると、彼は口端だけ歪めて薄く笑みを浮かべる。そして、無理やり酒を勧められているスパナを捕まえ、


「――おい、スパナ。絶対助手子、幸せにしろよ」


鋭いγさんの眼光に、スパナは何度か瞳を瞬かせた。けれども彼は、当然のように、力強く答えたのだった。


「あぁ。助手子はウチが守る。絶対に、離さない」



110323



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