あなた、悪い人ね


寝耳に水。私が慌てて問い返すと、野猿くんも言ってなかったっけ、と目を丸くした。


「え……いつ?」

「来週にはもう向こうだから、あと一週間も居ないと思うぜ!」

「そう、なの」


γさん率いるアフェランドラ隊が、任務でこのメローネ基地を離れることになった。長期で部屋を開けるという訳ではない。そのまま本部に籍を戻し、ヨーロッパに活動拠点を移すのだという。
日本のメローネ基地は、ミルフィオーレの重要支部のひとつ。本部とは違った動きをしていることが多いので、彼らと会うことは少なくなるだろう。


「何だよ助手子。オイラたちが居なくなるの、寂しいのかぁ?」


私にとってその情報は衝撃的で、呆然としてしまった。野猿くんが私の顔を笑いながら覗き込む。


「…うん、寂しい」

「そ、そっか」


素直に頷くと、野猿くんは少しだけ頬を赤くした。
私にとってアフェランドラ隊の皆は数少ない知り合いだ。ただでさえ、メローネ基地はホワイトスペルの支配下にある為にブラックスペルの肩身は狭い。その上、私はスパナの助手としてイレギュラーな立ち位置のせいもあり、気軽に話せる人があまり居ないのだ。だから、良くしてくれていた彼らに会えなくなるのは、かなり寂しい。


「大変な任務なのかな」

「うん、白蘭の命令だしな。腹立つけど」


白蘭さんは、目的の為には手段を選ばない。アフェランドラ隊はミルフィオーレの中でも一、二位を争う戦闘集団だから、きっと躊躇なく危険な戦場へ放り出されるだろう。
そう思うと、不安を感じてしまう。


「ちょっとだけど、まだ時間あるしよ!俺たちの部屋にまた遊びに来いよな!」


野猿くんは、すっかりテンションの下がってしまった私を励ますように、にかっと笑って私の肩を叩いた。
どちらかと言えば、私が励ます側なのに。申し訳ないと思いながらも、その心使いに嬉しく思った。


*


最近、基地内の雰囲気が不穏だ。
誰もがどこか、焦ったような、ピリピリとした空気を纏っていて落ち着きがない。メローネ基地に来てもうしばらく経つが、基地全体がこのようになるのは、私にとって初めての経験だった。


「…ごめんスパナ。今日も正ちゃんに会えなかった」


私は仕事場に戻るなり、モスカの整備に勤しむスパナに耳打ちする。
定期的にスパナが提出している、研究報告書。手が離せないスパナの代わりに渡しに行ったのだが、結局仕事を果たせなかった。スパナは一旦手を止めて「お帰り」と微笑む。


「正一も忙しいだろうからな」

「それもそうだろうけど…」

「助手子?」

「司令室は門前払い。ブラックスペル、しかもFランクの私を司令官に面会させられないって」

「それは、仕方ない。ウチが後で行ってくる」


完全に私の力不足だ。
ホワイトとブラックに二分されるミルフィオーレにおいて、それは仕方がないことだとわかっていても、自分の弱さを突き付けられたようで悔しい。スパナは手袋を外すと、うなだれた私の頭を笑いながら優しく撫でた。


「…私、正ちゃんに避けられてるかも」


そのスパナの優しさが心地よくて、もう一つ、気になっていたことを漏らしてしまう。


「たまに廊下で目が合っても、最近声かけてもくれないし、逃げられちゃう」

「正一は目が悪いから、単に気付かなかっただけかもしれないだろ」

「でもなんか、みんな最近変わった気がする。ねえ、何かあったの?…何か、起こるの…?」


私の呟きに、スパナの動きがピタリと止まった。
スパナは、何か隠してる。実は少し前から感じていたこと。直接聞いてもはぐらかされるような気がして、聞けずにいたのだ。


「私の杞憂だったらいいんだけど、基地内が慌ただしくなったように感じるの。知ってる?アフェランドラ隊、イタリアに移動だって」

「…うん」

「ちょっと前に、スパナも白蘭さんから直接司令を受けてたでしょう。その頃から、おかしい気がする」


スパナは、答えない。しかし答えが無いことが、却ってその推理の正しさを雄弁に物語っていた。


「スパナ、隠さないで。私もミルフィオーレファミリーの一員だよ。覚悟なら、できてるから」

「……助手子」


スパナは、じっと私を見つめる。そして私の腕を引き、私は彼の腕の中に閉じ込められた。


「助手子、ごめん。隠すつもりはなかった。いつか言おうと思ってた。でも、タイミングが掴めなくて…」


至近距離で向かい合った私を、スパナは困った表情で見つめる。そして軽く溜め息を吐き、静かに言った。


「先日、白蘭がある決定を下したんだ。ミルフィオーレは、マフィア界で戦争を始める」

「……え…?」

「これまでの比ではないだろう。もしかしたら…一般人にも被害を出すかもしれない」


それは、私の予想を遥かに越える答え。想像だにしていなかった。あまりの衝撃で、身体に震えが走る。


「もう止められない」


硬直する私、しかし、スパナは容赦なく言い放った。


「助手子。ミルフィオーレは悪に墜ちるよ」



110206




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