また透明な目隠しをする



深夜。とうに一般的な食事の時間は過ぎているものの、私とスパナにとってはちょうど夕飯時だった。
程近くにある食堂をお借りして二人分の夕飯を作った私は、スパナの部屋にそれを運ぶ。勿論、今日も和食だ。スパナは英国人であるけれど、きっと味噌と醤油がないと生きていけない。彼は日本人よりも日本人らしい。

いただきます、と手を合わせる。
けれどどうにも落ち着かなかった。こちらを凝視しているスパナ、が原因に違いないのだが。


「ど、どうしたの?」


嫌な視線ではないものの、じっと見つめられるのは流石に気恥ずかしいものがある。スパナは口元に僅かな笑みを浮かべながら、箸を止めて言った。


「ん。ご飯粒ついてる」

「えっ、どこ?」

「じっとして」


口元にご飯粒をつけるなんて、子供か。我ながら情けないと口を拭おうとすると、スパナに阻まれた。


「ほら」


ぐっと近づいた彼の顔がアップで映る。思わずどきりとして固まると、私のよりも骨張った指先が緩く頬を撫でた。


「ス、スパナ…っ」


スパナの指にご飯粒が掬われる。それはごく自然にスパナの口へと消えた。一連の動作に赤面すると、スパナはふざける様子もなく艶めかしい表情で笑う。

(やだ、私ったら何考えてるんだろう)

スパナが急に色っぽく見えた。…まるで変態のようだ。


「助手子。洗い物はあとで手伝うから、ちょっとこっち来て」


そそくさと、夕食を終えて席を立とうとする私にスパナは手招きをする。どうしたの? と身を屈めたら腕を引っ張られて、スパナを背にする形で彼の脚の間に座らされた。


「んー…充電」

「(で、電波だ…!)」


ぎゅう、と抱き締められる。突然スキンシップが激しくなったスパナのこのような行動に、最近はようやく冷静に対処できるなってきた。とはいえ、異性に抱き締められる経験なんてしてこなかったのだけれど。


「スパナ、こういうの…」


少なくとも日本では恋人以外にはしない、といいかけてやめる。それを言ってどうするというのだろう。止めて欲しい?それとも…。他意がないなら聞けばいいのだけれど、なんだか踏ん切りがつかない。

(スパナの返答が怖い?)

ふと浮かんだ言葉を慌てて打ち消す。それはない。スパナのハグだって、恋人にするよりぬいぐるみを抱き締めるのに近い気がするし、彼は元々天然だ。やっぱりスキンシップに飢えてたのだと結論づけた。


「そういえば昨日の通達どうだったの?」


スパナにされるがままになりながら、私は気になっていたことを問いかける。
珍しく正式な指令が下ったようだった。正ちゃんを通してはいたけど、きっと本部から直々に来たものだ。
通達、の言葉にスパナはふと笑みを消して天井を仰ぐ。


「助手子は知らなくていいよ」


それ以外、何も教えてくれなかった。


101126




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