なりふり構って君を捕獲



騙された。
γさんの口車に上手く乗せられて、あんな恥ずかしいことをしてしまった。よく考えたら、あんなアドバイスはでたらめである。もしスパナが寂しがり屋なら、もっと部下とかいるだろうし。

(いや、寂しがり屋ではあるのかな)

単に人付き合いが苦手なのかも。私が少し放っておくと煩いくらいに心配するのだ。…まぁ、私が頼りないだけかもしれないけど。
でもある日、心配していたスパナの妙な行動は、パタリと止んだ。何がきっかけかわからないけど、なんだかすっきりとした顔をしていた。

(まさか、あの行動が功を奏した、とか)

γさんの食えない笑みが脳裏にちらついて、慌ててそれを打ち消す。

(でも、元通りになったわけじゃないんだよね…)

そろり、と隣のスパナを見る。真剣な顔でパソコンに向かっている。その表情はすっかり元通りだった。ただ、何故か私とぴったりくっついているのを除いて。


「ね、スパナ…近くない?」

「そう?そんなことないと思う」

「そう、かなぁ」

「うん――嫌?」

「嫌じゃない、けど」


同じような会話を、この数日で何回か繰り返している。決して嫌ではないのだけれど、前とは比べものにならない程、スパナのスキンシップは激しくなっている…気がする。

(やっぱり、γさんの見立ては正しかったとか)

そう思ってしまうには十分な変化だった。

「そうだ。そういえばγさんがね」


なんとなく、気まずくなった私は話題を変えようと声を上げる。しかし、


「…」


急にスパナの視線が冷たくなった。まずい、きっとγさんの名前に反応しているのだろう。スパナはあまり基地内の人と親しくはないようなのだ。同じブラックスペルだしと思ったのだが、まだ私が彼らと付き合うのに反対らしい。


「ええと…あの、正ちゃんから聞いたんだけど、」

「……」

「そ、そうだ白蘭さんって…」


どうにかこの雰囲気を打開しようと試みるけれど、スパナの視線はどんどん冷たさを増すばかりだった。が、私には他に知り合いも話題もないのである。


「………助手子」


いよいよ行き詰まって、冷や汗を流す私にスパナは静かに言う。


「助手子は、他のファミリーの奴らのことは何も気にしなくていいから。色々考えるのはウチがやる」

「そ、そうだよね。助手のくせにでしゃばってごめん」

「違う、そうじゃない。助手子はわかってないよ」


ふとスパナの目は柔らかい光を帯び、しかし真剣な眼差しになる。


「ウチの助手だから、助手子には助手の業務に徹底して欲しい。ウチは、他の奴らと渡り合うのに精一杯で、つい自分の事を蔑ろにしてしまうんだ」


でも、と彼は続けた。


「助手子がウチを見ていてくれれば安心だ。むしろ、ウチだけを見ていて欲しい」


スパナは、私を真っ直ぐ見ている。
彼は私が必要だと真剣に思ってくれている。今までも何度か言われていたが、言葉よりもそれを鮮明に語るスパナの視線に目が覚めるようだった。
そして自分が彼にそれ程までに求められていることが嬉しく、同時に照れてしまい恥ずかしくもある。


「…できればプライベートでもね」


思わず赤面する私にスパナがぼそりと付け足したが、プライベートでも、の意味はよくわからなかった。彼の生活管理もという意味だろうか。


「わかった。私は他のことに惑わされない。スパナを信じるよ」

「ん。有難う」


勢い良く頷いた私に、スパナは嬉しそうに笑う。そして、突然抱き寄せられた。


「(ええええ!?)あ、あのスパナどうかした?」


驚きに声が上擦る。が、スパナは動じる様子なく、平然とした顔で。


「いや。なんとなく、スキンシップ」


やっぱり、γさんの言うとおりだったのか。思った私を見透かしたように、スパナは言う。


「でも大丈夫。ウチはイタリア育ちでも立派なイギリス人だから」

「な、何が大丈夫なの…」

「英国紳士はイタリア人みたいに節操無しじゃない」


その意図はわからないが、どちらにしても私の心臓が破裂しそうなのは確かだった。


101113




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