やっと見つけた 入江正一の下にスパナがやってきたのは、双方の仕事がひと段落した頃だった。はじめは何か研究についての相談でもあるかと思ったのだが、何をするでもなくぼんやりとそこにいるスパナに、いつもとは違う異様なものを感じる。 そのまま何となく話しかけるタイミングを逃していた正一は、もう何度目かわからないスパナのため息に恐る恐る切り出した。 「スパナ…何かあったのか?」 一見淡白と取られる程に、スパナは自分の感情を表に出すことが少ない。そのスパナがこうもあからさまに落ち込んでいるというのは、正一の危機感を煽るのに十分すぎた。しかし当のスパナはちらりと正一の方に視線を送っただけで、床に目を落とす。 「いや。研究には影響がないから大丈夫だ」 ぽつりと呟いた。 が、研究に影響がないというのは正しくない。確かに大きな失敗はないけれど確実に仕事のスピードは落ちているし、些細なミスも目立っていた。 「研究が順調なのはわかるんだけど、君にしては冴えてないというか、調子が悪いような…」 かつてスパナのこんな姿は見たことがない。それほどまでの悩み事があるなら、それを解決するのが上司であり技術者仲間である自分の役目なのではないか。それに、何か大事があるのならば、早く手を打つ必要があるだろう。 「…わかるか?」 弱々しいスパナの返事に、正一は力強く頷いた。 「問題や悩み事があるなら聞く。遠慮せずに言ってくれ」 何を言われても受け止めてやると、腹を括った正一の言葉にようやくスパナは顔を上げる。そして迷うように視線をさまよわせ、溜め息混じりに話し始めた。 「ウチ、病気かもしれない」 確証はないが治らない、と続ける。 「最近、おかしいんだ。何に対しても集中できないし落ち着かない。仕事自体は楽しいのに前より打ち込めなくなった」 それは研究報告を受けた正一自身感じていたことだった。 「どうでもいいことばかり気になる。こんなの技術者として失格だ」 肩を落としたスパナに、正一は顎に手を当てて考えを巡らせる。特に見た目に変わりはない。 「どこかが悪いわけじゃ、なさそうだね」 病んでいるとすれば、精神的なものだろう。しかしここまでダメージを受けているとなると、突発的なものではなく、何かきっかけがありそうだが。 「他には?」 「助手子に対してやたら過敏になってる。彼女の目が気になる」 「………」 ――ちょっと待った。 スパナの言う症状に、心当たりがある。確かに精神的なダメージは時として大きいが、それは決してマイナスな感情ではない。むしろ、健全な証拠ではないか。 「ねぇ、それってさぁ」 何となく、口にするのがはばかられた。というか、こんな指摘をなぜ自分がしなければならないのかと正一は頭をかかえる。病といえば病。たが病気よりも風邪に近い。 散々濁らせたあと、じっと言葉を待つスパナに向かって溜め息と一緒に吐き出した。 「…それって恋の病じゃないの?」 単純な回答。スパナは助手子に惹かれているのだろう。それは傍目から見ていて明らかであり、むしろ二人がそういう関係にないと聞いて驚いた程。スパナがその手の経験に豊富だとは思えないが、今までその発想にいたらなかったのが不思議だ。 「――そっか」 スパナは驚いたように暫く茫然としていたが、やがてぽつりと呟いた。 「ウチ、助手子に恋してるのか」 あっさりと。 まるで何か憑き物がついたような、そんな表情で彼は認めた。 101110 |