悪夢はこりごりだと伝えてくれ




あの日の強烈な印象は、まだ私の脳裏に色濃く残っていた。
ロボット工学展に行ったあの日から、既に一週間がたった。それだというのに、何度も思い出すあの外国人の顔。


――あんた、何者?


それは思い出せば思い出すだけ、意味のわからない投げかけだった。何者?そんなの、一般人に決まっている。付き添いだ。弟の、ただの付き添い。


「ちょっと、助手子」


肩を叩かれて顔をあげると、友人が心配そうに私を覗き込んでいる。


「どうしたのよ、なんか考え事?」

「…そんな風に見える?」

「うん。今日の助手子はちょっと変。物思いに耽っているというか…」


一度言葉を切った彼女は、何を思ったかにやにやと笑う。う…いやな予感。


「恋わずらい」

「はあ?」

「そのアンニュイなため息、遠くを見つめるかのような視線…うん、春だねぇ」


そんなものだったらどんなにいいか。

実際、ただ知らない人に呼び止められただけ。それなのに、金髪、作業服、外国人、それぞれのキーワードがぐるぐると巡って、あの時のことが何度も思い出されるのだ。大したことでもない出来事のはずなのに、何故かざわざわとした嫌な感じがしていた。



*



「助手子、部長が呼んでる」


仕事中、友人がこっそりと私に囁いた。お礼を言って部長の席に向かいながら首を傾げる。近ごろ大きな失敗もなかったのに、どうしたんだろう。


「ああ…ちょっと付いてきなさい」


部長は私を確認すると、客間へ向かう。事態を把握する間もなく、促されるままに席に着くと、もう一方の扉から入ってきた気の良さそうなおじさんが向かい側に座った。彼は私を見ると微かな笑みを浮かべたが、その顔は真っ青だ。嫌な予感がした。


「社長だ」


短く紹介され、驚いて部長に振り向く。
私の勤めるこの会社は、並森支部で、本部の補佐的な役割だった。下っ端である私が、本部の社長を間近で拝見するのは、これがはじめてで驚きを隠せない。しかし、その社長は可哀想なくらい血の気を失い、今にも倒れそうだった。出されたお茶に伸ばされた手は震えている。


「突然だが、」


社長はそう切り出した。
本当に突然、そしてその言葉は私を地の底へ落とすのに十分な威力を持っていた。


「君には今日で辞めてもらう」


暗転、転落、墜落、どのような言葉が似つかわしいのか。嗚呼、嫌な予感ほど良く当たるのである。






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