もしもし、繋がりません




「スパナの様子がおかしい?」


野猿くんは私の言葉を反復して、首を横に倒した。ツインテールに結んだ髪がゆれて、なんだか可愛いらしい。


「スパナがおかしいのは前からじゃねぇの。ね、兄貴」


目をぱちくりさせた野猿くんが振り返った先で、太猿さんが酒樽を抱えたまま笑う。


「その通りだ助手子。あいつとの会話は続かない。あんたに見放されたらスパナはもう、孤立無援だな」

「あ、大丈夫だぜ。助手子が行く場所ないんならオイラの弟子にしてやるよ!」

「野猿が助手子の兄貴気取り?冗談だろ、助手子の兄貴したい野郎なら沢山いる」


いつの間に、私がスパナを見限る話になったのだろう。どんどんとんでもない方向へ流れて行く会話に、私は慌ててストップをかける。
ここ、アフェランドラ隊の男達は荒くれ者だが仲間には気前が良い。しかし彼らは話をよく聞かないので、こっちがしっかりしていないと会話が成立しない。


「いやいや、そういうんじゃなくて。…なんか最近、スパナがスパナらしくないんだよね」

「スパナらしくない?」


私の答えに、野猿くんは神妙な顔で腕を組む。
アフェランドラ隊には、割りとお邪魔することが多い。彼らとは同じブラックスペルであり、出会いが出会いだった為に親しくしてもらっていた。隊員という以前にスパナの助手という私の立場はファミリー内でも異様で、他に気軽に話せる人が居ないのも理由のひとつだ。


「…妙に優しいというか、よく気が利くというか」


私は、いつもと様子の違う上司を思い返した。


「元々スパナは気が利くし、手伝ってもらうことも多かったんだけど、最近は手伝いというより率先してお皿洗いとかしてくれるんだよね」

「ふぅん、良いことじゃん」

「でも逆に、仕事中にぼんやりしてることが多くて、スパナに限ってそれはありえないでしょ?心配になっちゃって…」


仕事馬鹿…というか機械オタクのスパナが、工具を握りながら上の空という状況は、違和感以上に不安を掻き立てる。


「新しい兵器の構想でも練ってるんじゃねーのか?」

「それならいいんですけど…」


同じことは何度も考えたが、どうにもしっくりいかない。この半年ずっとスパナの側にいて、彼の大抵ことは知った気になっていた。けれど近頃の表情は私の知らないものなのだ。


「そう言われれば、オイラも見た。スパナが廊下で柱にぶつかってんの。疲れてんのかと思った」


野猿くんの目撃情報に背筋が冷える。やっぱり、おかしい!


「気づくと、難しい顔で黙り込んでいるんです。悩み事なら聞くのに…」


悩みを聞き出そうともした。が、スパナはいつも笑って取り合わない。あまり強く言うこともできずに、結局放置状態なのである。


「やっぱり、正ちゃん関連かなぁ」


もう、考えられるのはそれだけだった。正ちゃんこと入江正一はスパナと親しい、数少ない人物だ。お互いに一目置いていて、その仲は彼が来る前に私が少し嫉妬してしまった程。誤解は解けて私も色々お世話になっているが、スパナの助手という立場を死守するためには油断ができない相手でもある。
しかし、今は非常事態。彼ならば、スパナを動揺させる何かを知っているのではないか。彼に相談するべきだろうか。


「正ちゃん…って、入江?」

「うん。正ちゃんの話、出すと不機嫌になるんだよね」


不思議なのはそこ。ライバルでこそあれ、スパナが正ちゃんを邪険に扱うとは思ってもみなかったのだ。彼の話を出した途端、黙り込んだスパナに何度冷や冷やしたことか。


「なぁ、助手子って入江のこと正ちゃんって呼んでんの?」

「…やっぱり司令官に向かって失礼かなぁ」


野猿くんの素朴な質問に、頭を掻いた。


「彼が私の先輩だったって、前に話したでしょ。だから暫く先輩って呼んでたんだけど。この前スパナに嫌だって言われたから、正ちゃんって呼ぶことにしたの」


そういえばあの時も、不機嫌だった気がする。やはり、正ちゃんと喧嘩でもしたのか。スパナは気性が穏やかな方なのに珍しい。あんなスパナを見たのは、初めてアフェランドラ隊に迷いこんだ時以来だ。


「助手子、それって…」

「まぁ、スパナも男だってことだな」


野猿くんの言葉を遮り不意に聞こえた声に振り返ると、奥からγさんが現れる。軽く会釈した私に手を振るγさんは、何故か訳知り顔である。


「どういうことです?」


彼は口端に不敵な笑みを浮かべて「言葉通りだ」と返す。見れば、野猿くん太猿さんを始めとする面々が皆、呆れたような微妙な表情をしていた。


「助手子ちゃん、スパナの悩み解決する方法、アドバイスしてやるよ」


一人訳がわからず妙な疎外感。眉を寄せた私は仕方なく、γさんの提案を受け入れることにした。


100701




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