撃ち落としてみよ




イタリアという国も、悪くないとは思う。好きか嫌いかと言われたら好きな方だ。けれど、やはり日本に帰ってくると格別にほっとするのだった。
上司である白蘭にイタリア本部へ呼び出されてから一週間弱。入江正一は、ようやく自分の持ち場――ミルフィオーレ日本支部として、つい最近完成したばかりのメローネ基地へと戻って来ることができた。


「お帰りなさいませ、入江様」

「それは君らもだろ。僕とイタリアへ行って帰ってきたばかりなんだから」


自室で着替えた正一は、司令室に入るなり声を掛けてきたチェルベッロの二人に答えながら苦笑する。大きなモニターの前には、何人かの隊員が画面に向かって作業をしていた。


「僕が居なかった間、何か変わった事は?」

「いえ、特にはありません」


部下の言葉に正一が頷くと、今度は他の部下が声を上げる。


「ああ、そういえばブラックスペルのγ兄弟が倉庫で派手に暴れたようで、修理の要請が来ています」

「アフェランドラ隊か、厄介だな…。けど、彼らの滞在は長くて半年。それまで内部抗争はなるべく避けろ」

「はッ」


ブラックスペルのγ率いる第3アフェランドラ隊は、ブラックスペルの中でも特に荒くれ者ばかりが集まった隊だ。彼らはまだミルフィオ−レでは無かった頃からボスであるユニに忠実であり、こうしてミルフィオ―レが成立してからもホワイトスペルと協力する姿勢を見せなかった。
正一はγと直接話した事は無い。しかし、彼らの処遇には前から頭を悩ませている。


「入江様。白蘭様との会談はどうでしたか」

「ああ、大した事ではなかったよ。少なくとも、僕がイタリアに行く必要は無かったと思うんだけど…白蘭さんの考えはよく分からない」

「あまり、不穏な発言は避けたほうがいいかと」


チェルベッロの女達の言葉に適当に返事をしたら、そんな風に返される。仮面を付けている彼女たちの表情はわからないが、くすくすという音が口から漏れているあたり、どうやら笑われているようだった。

ここへ帰ってきて、まだ半時も経っていない。それなのに、もう仕事の予定が山積みだ。ミルフィオーレは近年、恐るべき速さで力をつけている。忙しいのは計画が順調である、という証拠だ。しかし、もう少しだけでも休ませてくれないか、と正一はこっそり思った。


「そうだ、スパナはもう来ているのか?」


不意に白蘭との会話を思い出した。正一がイタリアに着くなり、白蘭はスパナが日本勤務になったことを伝えた。おかしなタイミングだったから、印象は強い。


「ブラックスペルB級のスパナですね。五日前から基地入りしてます」

「今、居るかな」

「恐らく――第二ドッグで整備中かと。呼び出しますか?」

「いや…いい。僕が直接行く。丁度、同じ方向に用があるから」


スパナが日本勤務。白蘭に前もって聞いていたとはいえ、こうして確かめられると安心する。スパナとは高校時代からの知り合いだ。彼の技術の腕は、重宝していた。けれど正一はホワイトスペルなので、あまり個人的に話をする時間はとれない。それでも、この基地を整える上でスパナがいれば心強いだろう。
久々だから会ってこよう。ちょっとした、良い気分転換にもなるだろうし。


「私達もお供します」

「君達は仕事に取り掛かっていてくれ。すぐに戻る」

「ですが、隊長一人でブラックスペルの奴と会われるのは…」

「心配ないよ。彼はいきなり攻撃を仕掛けたりはしない」


第2部隊の隊長である正一を心配してか、チェルベッロが護衛を申し出た。しかし危ないと言ってもここは基地内。そこまで用事する必要はないだろう。


「新しく、モスカで試したい事があるんだ。モスカに関しては、彼が適任だよ」


正一は、笑って司令室を後にした。


100310



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