もどかしくて、焦り焦れり




私の心をかき乱し続けた「入江さん」。スパナと親しくて、メローネ基地の司令塔で、やり手の………男性。


「え、えええ…!」

「もしかして、女かと思って悩んでたのか?」

「………」


もしかして、も何もない。完全に図星だった。私は「入江さん」が女性だと思い込んで疑わなかったのだ。だから、スパナとは恋人関係かもしれないし、私のような新参者は認めてくれないだろうし、私もスパナに見放されてしまうのではないか…そんな風に、考えていたのだ。


「だって、正ちゃんって呼ばれてるって聞いたし…スパナだって隠してたし」


私の早とちりだ。と、いうことは今まで私が悩んでいたことは、ただの杞憂にすぎないのではないか。基地に来てから今までの悩みはなんだったんだ、と思うと同時に途端に勘違いをしていた自分が恥ずかしくなる。


「じゃ、じゃあなんで隠してたの…?」


赤くなる頬をごまかすように聞くと、スパナは渋るような顔をして、でもちゃんと答えてくれた。


「…ウチが正一のことを話したくなかったのは、助手子の事を知られたくなかったからだ」

「わ、私?」


紹介できない程、私は不出来な助手かしら。私がそう思ったのを察してか、スパナは「そうじゃなくて」と続ける。


「助手子は優秀な助手だから、正一が気に入ったら困ると思った。正一は助手子と同じ日本人だし、凄いやつだからな」

「…え」

「もし助手子と正一が仲良くなって、ウチの助手辞めるって言われたら…凄く嫌だと思ったんだ」


淡々と、しかし確実な口調。
な、なにそれ。それってつまり、私の助手としての能力を認めてくれた上で、「入江さん」と私が知り合いになるのが悔しいと、嫉妬、してくれたってことではないのか。
スパナがそんな風に思っていたなんて、考えもしなかった。凄く…凄く嬉しい。


「正一はウチのライバルだから特に負けたくなくて、助手子が来たときから正一には言わないように白蘭にも言ってたんだ」


ああ、なんてスパナは優しいんだろう。スパナと「入江さん」の関係は勘違いだったけど、スパナが誰にだって優しいだろう、というのはきっと間違いではない。
でもそれに嫉妬して、八つ当たりする理由はどこにもなかった。私の心が、狭かっただけ。だってそれは、スパナが生まれ持ったものだから。


「…ごめん、早とちりして。」

「ウチも言葉が足りなかった」


スパナはお互い様だと言うが、今回の事に関しては私が悪い。本当に、申し訳ないにも程がある。


「手、叩いたの痛かったでしょう。――ごめんね、スパナ。八つ当たりだったの」

「気にするな」


叩いてしまった手をそっと撫でると、スパナは突然、両手で私の手を握った。


「そんなに会いたいなら、紹介してやる。そろそろこっちに戻ってくると思うし」


それが「入江さん」の事であると、理解するまでに時間はかからなかった。勘違いはあったが、ついにあの「入江さん」に会える――私はゆっくり、唾を飲みこむ。
スパナはじっと私を見て、そして不意に、眉尻を下げた。


「どんなに正一が凄いやつでも、は助手子ウチの助手で居てくれる?」


私がスパナの助手を辞めるわけ、ない。だって、今の私にはスパナしかいないのだから。それに、どんなに「入江さん」が良い人でも、そんな顔されたら離れられるわけないではないか。
そんな思いは露知らず、心配そうなスパナに、私はゆっくりと笑いかけた。



100307




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