探し物がわからない 助手子が帰ってこない。そのことに、スパナは焦燥感を覚えていた。 (部屋に戻って帰ってくるまで、こんなにかかるわけない) 既に、彼女が出かけてからもう一時間が経過している。明らかにおかしい。 考えられる可能性としては、迷ったか、あるいは何かに巻き込まれた。もし、幹部クラスの奴に遭遇していたら、かなり危ない。かといって、今ここを離れたら助手子とすれ違う可能性がある。 どうして助手子に通信機を持たせなかったのか、いや、一人で部屋に戻らせたのか。後悔ばかりが頭に浮かび、焦りのあまりに先程から仕事なんて手に付かないのだ。 (とにかく、どうにかしないと) 探すしかない。まだミルフィオーレに馴染んでいない彼女にメローネ基地は危険だ。 立ち上がりかけたスパナの腕で、通信機が音を立てた。個人回線だ、と確認する間もなくモニターが繋がる。 『おう、スパナか。久しぶりだな』 「電光のγ…」 意外な人物からの通信に、軽く目を見張った。γとの関わりは、殆どない。強いて言うならば、同じブラックスペルだというだけである。 「悪いけど、今忙しい」 大方、自分が製品した兵器の類が不良でも起こし、正一が留守だから直接文句を言われるのだろう。本来ならばきちんと対応するのだが、生憎今は緊急事態だ。 短く断って、スパナは通信を切ろうとした。しかし、γは「ちょっと聞けよ」とスパナを止める。 『至急に俺の部屋に来てくれ』 「だから、ウチは」 『…お前んとこの子猫ちゃんが迷い込んでいても、か?』 「猫?猫なんか飼っていない」 γの意図するところが分からなく、スパナはいらいらと、顔をしかめた。γはそんなスパナにわざとらしく首を傾げて言う。 『助手子はお前の助手じゃねーのか?おかしいな、うちの野猿が拾ってきたんだが』 ――その名前を聞いた途端、スパナは部屋を飛び出した。 スパナがそんな苦労をしているなんて、露知らず。私はγさんの部屋で、お菓子なんてご馳走になっていたりした。 「助手子、スパナに連絡取れたぜ。どうやら助手ってのは本当みたいだな」 「まだ疑ってたんですか…」 「いや、念のためさ」 γさんの部屋――γさんの率いるアフェランドラ隊の部屋は、とても個性的だ。いや、個性的というより雰囲気が凄い。ビリヤード台が中央にあり、辺りには酒瓶やらなにやらが散らばる。証明も暗いし、なんだか大人の世界である。これこそマフィア、みたいな。 「お茶でも出せればいいんだがな、ここにゃ酒しかねぇ」 太猿さんはそう言って、肩をすくめた。しかし部屋には私たちの他にも隊の人が何人かいて、何故かその人たちがお菓子などの食べ物を差し出してくれる。 「嬢ちゃんみたいな若い女が来ることなんか滅多にねーから、珍しいんだろう。くれるってんならもらっておけ」 「は、はい」 「おいお前ら。この嬢ちゃんに構うのはいいが、妙なことしたらただじゃおかないぜ?」 γさんの言葉に、隊の人たちは苦笑いした。 「ま、流石に子供相手になんかする奴はいないか」 「子供ですか…」 そりゃあ、γさんたちが相手にするような女の人たちに比べたらガキだろうけど、そんなはっきり子供だなんて言われるとなんだか悔しい。自分に魅力がないだなんて、わかりきっているが。 それは兎も角。 「スパナ、怒ってました…?」 気を取り直して、恐る恐る聞いたのはスパナの様子だった。往復10分もしない場所へ行った私が一時間以上帰ってこなかったら、流石のスパナも不審に思う筈。怒ってたらどうしよう。気が気でない。 「いいや。血相変えて部屋飛び出したみたいだけどな」 γさんの答えに、私は固まった。 スパナが血相を変える程心配してただなんて…怒られるより、余計に申し訳ない……! 「お前が悪いんだぜ?スパナの心配も最もさ。今、入江が居ないせいで基地内の統制が取れてねぇ。ブラックとホワイトがあちこちで衝突してんだ。顔の知れてない嬢ちゃんはあっという間に粉々だな」 γさんの口調は軽いけれど、言ってる内容はかなり深刻だ。自分の血の気が引けるのを感じながら、思う。 …良かった、野猿くんで! 「しかし、入江がいないだけでこうも統制がとれなくなるとは」 太猿さんの唸るような声に、γさんは目だけ彼へと向ける。 「意外じゃねぇ、入江はやり手さ。流石白蘭の右腕ってやつか」 どのような立場の人なのか、私の知らない人だけれど、γさんの態度は入江さんという人が余程凄い人なのだとわかる。 「そういやぁ、入江と白蘭って仲いいよな」 γさんと太猿さんの会話を黙って聞いて野猿くんが、口を挟んだ。そして、私に向かって言う。 「なぁ助手子知ってるか?白蘭さ、入江のこと正チャンって呼んでんだぜ!ホワイトスペルは本ッ当意味わかんねーよな!」 「おい、滅多なこと口にするなよ野猿。妙な衝突は避けろって言ってんだろ」 ホワイトスペルを揶揄する野猿くんの言葉に、太猿さんがたしなめる。 しかし、私は野猿くんの言葉に一瞬、思考が止まった。 「あ…の、正ちゃんって言いました?」 ――"ショウ"がつく名前の、スパナと親しい日本人。それは、私が知りたかった人ではないか。 「? 入江のことだが」 「い、入江さんって」 「助手子会ってねーの?」 「馬鹿、入江は今、白蘭の呼び出しでイタリアって言ったろ」 太猿さんは、改めて私に向き直ると詳しく説明してくれる。 「入江ってのはこの基地を取り仕切ってる奴だ。第2ローザ隊の隊長。今、白蘭に一番近いと言われている、恐ろしく頭の切れる奴だ」 「オイラはあいつがいけ好かないけどな。助手子みてーにひょろっこいんだぜ、Aランクなのに」 「お前も変わらねーだろ」 第2ローザ隊はまさに白蘭さんの副官と呼べるポジションである。そして、ホワイトスペルだ。第3アフェランドラ隊である野猿くんたちには、目の上のたんこぶといった存在で、面白くないのだろう。しかも隊長といったらAランク。γさんと同じく、白蘭さんの守護者(六弔花というらしい)の一人だ。私には細かいことはわからないが、ミルフィオーレ内部は複雑である。 ソファに座っていたγさんは、ふと思い出したように呟く。 「そういや、スパナも入江と親しかったな。同じ技術畑出身とかで」 (やっぱり) スパナが私にひた隠しにしていたショウさんは、入江さんなんだ。白蘭さんの副官でホワイトスペル。スパナもBランクらしいし、お互いにいい存在なのだろう。 (しかも"ショウちゃん"ってことは女性…?) 別に女性だからどうとは言わないが、個人的に日本の知識をスパナに教えるくらいだもの。入江さんはスパナに気があるに違いない。それくらいは女として、私にだってわかる。もしかしたら、もう恋仲だって可能性もあるのだ。 …私はスパナに恋人がいようと、口を出す立場ではないが、スパナに私みたいな助手がいると知ったら入江さんはどう思うだろう。 「――と、お迎えがきたぜ」 声に我に返って目を向けると、丁度スパナが部屋へと入ってきた所だった。 「スパナ、ごめんなさ」 こちらに向かうスパナに謝罪の言葉を述べるも、途中で遮られる。スパナが見据えてたのは、私ではなくγさんだった。 「あんたら、助手子に何もしてないだろうな」 「してねぇって。そんな殺気立った顔で睨むな」 γさんは肩をすくめる。 私は、ただびっくりして立ち尽くしていた。だって、スパナが不快感を露わにして怒る姿をみるのは初めてだったから。スパナはいつも冷静で、マイペースで、落ち着いて見えるのだ。 「帰る」 「ちょっと…スパナ…!」 突然、手を掴まれた。そのまま、スパナは振り返ることなく私の手を引いて歩き出す。早足で、私は小走りで追う。 一度だけ振り返ってγさんたちを見ると、彼らは苦笑いしていて、野猿くんは小さく手を振ってくれた。 「スパナって、あんなにおっかなかったっスか」 静まり返った室内で声を上げたのは、一人の部下だった。心なしか、彼の顔は青ざめている。γはため息をついて「さあな」と返した。 「まぁ、あの子に手ぇ出したらモスカにバラされることは確かだな」 091111 |