そんなばかな話を信じられるか




今日は誰かに会う度に、侵入者だ何者だと騒がれている気がする。そして素直に正体を明かしても、なかなか信じてもらえない。スパナに助手のひとりやふたり、居たっておかしくないのに、みんな疑問顔なのだ。


「ああ?スパナの助手?」

「そうなんだよ!助手子もオイラたちと同じブラックスペルだ、大丈夫だよ兄貴!」


野猿くんと太猿さんは、口々に進言してくれた。私が今日基地入りしたこと、迷ってしまってスパナのところへ案内して欲しいこと。
しかしγさんは「黙れ」と一蹴し、二人は口を噤んだ。


「こんな嬢ちゃんがブラックスペル?笑えるな」


喉元に突きつけられたそれは、どうやらビリヤードで使うキューのようだった。ナイフや拳銃よりはましかもしれない。でも、相手の顔も見えないままのこの態勢は嫌だ。


「は、放してください」


試しに言ってみたら、「そんな口がきけんのか」と感心したような馬鹿にしたような返事を返される。しかし、すぐにそれは喉元のから外された。少しは状況もましになったかと思う間もなく、今度は腕を掴まれて、ぐっと引かれて彼と顔を合わせる形となった。


「ガキじゃねーか」


冴えた色の金髪をオールバックにした男、鋭い目つきのこの男がγさんらしい。どこからどう見てもカタギの人間ではなく、いかにもマフィアという雰囲気を醸し出している。


「この基地に侵入することが可能だとは思わねぇ。ファミリーの人間なのは確かだろう。だが、白蘭の手の者じゃないと誰がわかる?その疑いが晴れねぇ限り、部外者は部外者だ」


私を見下ろして不快感を露わにした彼は、「何か言ってみろ」と私の顎を掴み、無理やりに視線を合わせた。
さっき太猿さんは、今日のγさんが不機嫌だと言っていた。その通りなのだろう。私に対する怒りの中には明らかに理不尽なものも含まれている。確かに私は怪しいし信用はできかねると思う。けれど、だからと言って理不尽な言葉の何もかもを許せるような広大な心は、残念ながら持ち合わせていなかった。


「――私は、本日よりスパナ氏の助手としてメローネ基地勤務になった、助手子です。白蘭さんの手下でも何でもありません」


はっきりと言い、目の前のγさんの顔を見据える。その切り替えが意外だったのか、γさんは少しだけ眉を上げた。


「俺が知る限り、スパナに助手なんかいなかった」

「先月からミルフィオーレにお勤めしています」

「どう見ても一般人の嬢ちゃんが、か?」


小馬鹿にしたように、γさんは口端を歪めた。細められた目はまるで笑ってなくて、挑発するように私を掴む手に力を込められる。


「…悪いですか」

「全く威勢の良いガキだぜ。まぁ、だが白蘭の手下ではなさそうだな。ホワイト…いや、あいつの手下にこんな何の取り柄も無さそうな奴はいない。俺たちへのスパイなら、もっと事を穏便に済ませるだろう。野猿、身元確認を急げ。スパナの考えてることはわかんねぇから、本当に助手だってことも有り得る」


あんまりの言いようだ。その言葉に、何かがぷちんと私の中で、切れた。


「だから、さっきから言ってるじゃないですかッ!この分からず屋!もう早くスパナ呼んで下さいっ!そしたらすぐ私の身元はわかるでしょう!!」


考える前に、掴まれたγさんの手をはたき落としていた。そのままの勢いで言い返して――そこまでしてから、すっと頭に上った血が抜ける。
私今何して、というか確実にまずい…!
恐る恐る辺りを見回すと、驚いたように目を丸くした太猿さんと野猿くん、そして、険しい顔のままこちらを見下ろすγさん。幾ら頭にきたといっても相手はAランクの隊長、一瞬で消し炭に…いや、私だけでなくスパナの責任にも関わってしまう!


「ご、ごめんなさ…!」


慌てて口走るも、もう遅い。γさんは私を睨みつけ、そしてこちらへ手を伸ばした。
や、殺られる…!
思わず身を竦め、目を瞑る。しかし。


「くっ…、はははは!」

「あ…兄貴…?」


頭に感じた衝撃は、想像していたものではなく、そしてポカンとした野猿くんの声に目を開ける。するとγさんは快活に笑い、私の頭をがしがしと撫で回した。


「へ…?」

「嬢ちゃんの言葉で目が覚めたぜ。八つ当たりして悪かった」


ぐしゃぐしゃと頭を撫でられながら、γさんの変わりように私はぽかんとしてしまう。余程間抜けな顔をしていたのだろう。γさんは私を見て、優しく肩を叩いた。


「流石ブラックスペル、俺に物怖じせずにここまで言う女は久々だぜ」

「え、ええっと…?」

「怯えさせちまったか。どうも最近、ホワイトの奴らの行動が勘に触るもんだから、少しピリピリしてたみたいだな」

「…っ少しじゃないぜアニキ!めちゃくちゃ怖かったんだからな!!」

「野猿。お前には一発、渇を入れといた方が良かったか」

「か、勘弁してくれよ〜!」


空気が和んだからか、野猿くんはほっとしたようにγさんに話かける。呆然としていた私の横には、いつのまにか太猿さんが立っていた。


「兄貴に認めて貰えて良かったな」

「あ…はい、でも何がなんだか…」


どうやらピンチは切り抜けたらしいが、どうにもぱっとしない。どう反応したら良いのか、考えあぐねて立ち尽くしていると、γさんはさっきとは打って変わって優しく目を細める。


「お前の目は、嘘ついてねぇ。しっかりと自分を持った目だ」


つまりは、誠意が伝わってきたのさ。
γさんは頬を緩ませて笑う。


「兄貴、ユニ様を思い出したんだろう」


太猿さんの言葉に、γさんは答えなかった。


「スパナの助手ってのも本当なんだろ?」


代わりに聞かれた質問に、大きく頷く。

「すぐあいつ呼ぶから、まぁ部屋に上がって待ってろ。あんま綺麗な部屋じゃないが」


そう言って歩き出したγさん。それに続く太猿さん。私の手を引く野猿くん。最初は怖かったけど、みんな凄く良い人だ。


(同じブラックの仲間か…)


それが意味するところを私はまだきちんと理解していない。ただ、前を歩く黒い背中が逞しいことだけは確かだった。




091019



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