潔白




問い詰めるように険しくなった少年の視線。握られた手は、私が決して逃げないようにと痛い位の力が込められた。やっぱり関わらないで逃げた方が良かったのかも、とスパナの忠告を今更になってしみじみと思い出す。本当に今更だけれど。


「あ、あのですね、私怪しい者じゃなくって今日基地入りしたばかりで迷ってしまったんです…!」


疑いの目を向ける少年に、私は必死で訴えた。正直、泣きたい位だ。だってこのまま侵入者に間違われでもしたら、本当に殺されかねない…!
私を見上げる少年は、黙ったまま私を見据える。暫くして、手に込められた力はほんの少し緩んだ。


「お前が嘘吐いてるようには見えねーし。新入りなら迷うってのもよくある話だ」


自分自身を納得させるように少年は言う。そして、探るように私もう一度、私を下から上まで眺め、私への警戒を少しだけ緩和させた。


「第一、侵入者だったらリングも持たずにこんな鈍くさい状況になんないか」


鈍くさい……ですか。
少年の遠慮しない物言い(疑われているのだから当たり前だけど)に、ちょっとショックを受けた。く、悔しいけれど、事実なので否定できない…! ともあれ、何とか侵入者の疑いは晴れそうだ。ピンチは切り抜けられたよねと安堵しかけて、まだ手が握られたままなことに気が付いた。
しかし、少年に視線を戻した途端、握られたままの手が突然強い力で引かれる。吃驚して何の反応もできずにいると、至近距離で顔を突き合わせた少年が、低い声で呟いた。


「ただ、場所が場所だ。敵は身内にもありってな」


――彼の目は和らぐどころか、一層強く私を睨みつけていて。


「お前どこの隊――いや、ブラック、ホワイトどっちだ?」


投げかけられた質問の意味を、すぐには理解できなくて言葉に詰まる。けれど彼の着た隊服を見てピンと来た。
ミルフィオーレファミリーは、ふたつの別のマフィアが合併する形で出来たファミリーだ。ブラックスペルとホワイトスペルの違いは元々どちらのファミリーに属していたかを示すものだ、とスパナは言っていた。イタリア研修の最中は、あまり他の隊員との関わりがなかったから気にならなかったが、ブラックとホワイトでは未だに壁があるらしい。

(で、私はどちらに属しているかというと…)
結局一度もまともに袖を通していない隊服を思い出す。私は確か、スパナと同じ。


「……ブラックです」


躊躇いがちに告げた瞬間、あっという間に少年の顔が遠ざかり、手が解放された。状況がいまいち理解できないまま、きょとんとしてしまった私に、少年のあっけらかんとした声が投げかけられる。


「なんだ、そうなら早く言えよ!」

「え、ええと?」

「いや、安心したら気いぬけた。侵入者だったら始末しなきゃなんないし、ホワイトだったらただじゃ返さないし。あんた、ブラックで命拾いしたな〜!」


少年はいかにも脱力した、とばかりに盛大な溜め息を吐き出した。そして困惑したままの私に、さっきとは打って変わった笑顔を向ける。


「ここ、うちの隊の部屋の近くだからさぁ。隊長に見つかったらマジやばかったぜ。うちの隊以外はめったに近づかないんだ」

「そ、そうなんですか!?」

「おう、γのアニキはすげー強いんだぜ!」


ガンマ…とやらがこの少年の上司みたい。聞いたことは無いけど、隊長ときたらかなり上のランクなのではないだろうか。ちなみに私は最下位のFランク。いくらファミリーの人間でも、そんな人の不興を買ったら本当に危なかったかもしれない、と今更のように肝が冷えた。(そういえば、スパナのランクは聞いたことはない)


「でも、ちゃんと隊服は着なきゃ駄目だぞ!オイラじゃなけりゃこんな親身になんないからな。ってかどこの隊だよ」


少年は咎めるように口を尖らせる。「やっぱり侵入者でした、とかいうなよ?」と眉を寄せた彼に、まさか、と私はぎこちない笑顔を浮かべた。


「私はこれでいいの。技術系要員だから」

「技術系要員?」

「スパナの助手なんだ」


言ってから、スパナの知名度ってどの位なのだろう、と思った。これで知らない、なんて言われたらまた厄介なことになりかねない。スパナはあまり人と接するのは得意じゃないみたいだし。慣れれば人懐っこい方だと思うけれど、助手も私以前には取らなかったと聞いていたから。でも白蘭さんが直々に助手探してたって事は凄いのかなぁ…。
そんな具合に不安が胸に渦巻き始めたのだが、それは杞憂だったらしい。少年は驚いたように大きく目を見開いて、声を上げた。


「ええっ、Bランクのスパナか!?あいつ助手いたのか?オイラ初耳だ!」

「ついこの前からで、先週までイタリアだったんです。まだ分からないことだらけなんですけど、」


私の答えに、あいつも作業着だもんなぁと少年は妙にしみじみと呟いた。それからちょっと考え込むように視線を落とした少年は、突然顔を上げて言い放った。


「そういうことなら、オイラが此処のこと色々教えてやるよ!」

「いいの!?」

「おう。あんた面白そうだしな!同じブラックスペルとして協力すんのも大切だぜ!」


願ってもない話だ。兎に角、私はこのメローネ基地、そしてミルフィオーレファミリーに疎すぎるのだ。だから迷うわけでもある。とりあえずはスパナの部屋へ案内してもらおう、と頷く。
すると少年は、元気よく立ち上がり私の手を掴んだ。


「オイラは野猿。特別に野猿って呼んでいいぜ!」


握手した手を大きく振る野猿くんのニカッと笑った笑顔が可愛くって、思わず私も笑ってしまった。





「そういえば、スパナってBランクだったの!?」

「助手子はホントなんもしらねーんだな」

091004



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