軋む手首はなんと厄介な




迷った。見事に迷った。

先程から、同じ所をぐるぐる回っているようにしか感じない。そして、目的に近づいている様子は全くない。予想より時間が掛かるな、とはなんとなく思ってたけれど、自分の迷子を自覚してしまうと今更のように焦り出す。冷たい汗が背筋を伝う。どうしよう。
自分はこんなにも方向音痴だっただろうか。…というよりも、迷ってしまったのは私のせいではないと思う。だって、メローネ基地は前後左右似たような部屋や廊下ばかりで感覚が狂うのだ。


(そうは言っても、迷ってしまったことには変わりないよね。どうにかしてスパナの所へ戻らなきゃ)


しかも、無闇に基地内歩き回るなと言われている。まだ遭遇していないけれど、この基地にはファミリーの中枢であるおっかない猛者達が沢山いるらしい。新入りで、戦闘員でない私が目を付けられたら一瞬で消し炭だ…と、スパナに散々脅された。一瞬で、は誇張だろうけど、F級の自分は大人しくしているに越したことない。それは良くわかる。


(…スパナの部屋に、忘れた部品取りに来ただけなのに)


今、私たちは少し広めの実験場でモスカの整備を始めていた。大事な部品を忘れたスパナに、取りに戻る役を自ら買って出たのだ。一度通った道だから、大丈夫だと言いくるめて。


(あんなに胸張ってでてきたのに、初日からこれじゃあ一人で出歩かせてもらえないよ…)


先日までいたイタリア基地でも、暫く単独行動は禁止されていた。危険だからという理由で。スパナは妙な所で心配症である。それが私の為だとわかっていても、時折、心苦しく思う。お荷物になっている気がしてしまって。


(迷惑はかけたくない。役に立てなくて、失望されたくないもん)


それが一番怖かった。私には今、スパナしか頼れる相手がいない。この基地内に信頼できる人間はいないのだ。白蘭さんは連絡すれば応えてくれるだろうけれど…どうにも、未だに彼はいまいち信用出来ない。
ふと、つい先程の会話が頭をよぎった。スパナに日本のことを教えてくれた、"ショウ"さんについてのことだ。


(あの後もそれとなく聞いたのに、はぐらかされたんだよね)


問い詰めるような私に、明らかにスパナは動揺していた。少し寂しかった。子供が母親を取られて泣き喚くような、そんな幼稚な思考だとわかっているけれど、隠し事をされているだけで、自分がいかに信頼されてないかがわかってしまうのだ。
ショウさんが大切な人なら尚更、教えて欲しいのに。スパナの事を、もっと分かりたいのに。私は未だに、彼の事をよく知らない。


(――こんなことを考えている場合ではなかった。厄介ごとに巻き込まれないうちに、早く戻ろう)


立ち止まって改めて左右を確認するも、もうどこから歩いてきたのかすら怪しい。これは、誰かに聞いた方が確実に早いだろう。スパナに「誰とも関わるな」という注意はされたけれど、安全そうな人に聞いてしまおう。大きな害を避けるためだ、仕方ない。



「わ!?」

「うわっ!」


意を決して角を曲がったところで―――見事に誰かと衝突した。


「だ、大丈夫ですか!?」


とっさに起き上がって声をかける。やらかした、前に注意を払ってなかった…!


「ああ、オイラは大丈夫だ」


返ってきた声が予想外に若くて、私は相手に視線を移す。すると、私とそんなに変わらない背格好の小柄な少年が、尻餅をついていた。紫っぽい長髪を、ポニーテールにしている。
立ち上がった私は、「すみません」と声を掛けつつ手を差しのべた。


「いや、オイラも前見てなかったし」


照れたように笑いながら、少年は私の手を掴む。中々可愛い子だ。大事ないようで、ほっと私は息を付いた。

その時、少年我に返ったように急に表情を消して私を凝視した。突然のことにぽかんとすると、僅かに彼は額に皺を寄せた。


「お前…見ない顔だな。誰だ?」


握られた手に強く力が込められる。
…彼は、黒い隊服を着ていた。




(ああ、早速厄介ごと…)

090909



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